5

 風とは違うはっきりとした物音に二人は同時に窓を見つめた。

 暗く細い腕の影が上に伸びていく。

 窓枠をつかんだ手の下から大きな塊が現れた。

 松篠は息を吐いて作業を再開し、竹葦が重い体を運んで窓を大きく開け放った。

 錆びた燦が鼓膜を攻撃する音を奏でる。

「三芳君かあ」

「知っていらっしゃいますでしょう」

 緩慢に窓から入ってきたスーツ姿の長身の男が部屋を見渡し、オレンジの縁の眼鏡を整える。

 竹葦は膝をついて、三芳の足についた埃を払ってやった。

「教授、後で掃除してくっさいよ」

「君がやればいい」

 拗ねて舌打ちをかますが、馬鹿馬鹿しくなって頬杖をつく。

 このまま全部消去してやろうかという恐ろしい思いが掠めた。

 他の人間ならともかく、これは教授を殺すのと同じになってしまう。

 そうだ。

 准教授である自分しか持っていない、竹葦を殺す方法。

「また違反しましたのでございますね」

 三芳が後ろから覗きこむ。

 ふわりとコロンが鼻をくすぐった。

「三芳ぃ、代わってよ」

「……お断り致します、めっちゃん」

「やめろ」

 貼り付けた笑顔のまま、窓を施錠してデスクに足を向ける。

 研究室に常時住んでいるのはこの三人だ。

 教授の竹葦。

 准教授の松篠。

 助教授の三芳。

 松篠と三芳は高校の同期だ。

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