4

 ふと目線が止まった悪趣味なピンク色のスマホケースを手に取る。

 ワニ革風の分厚い機能性のないケース。

 竹葦の趣味じゃないと思ったが、そもそも竹葦の趣味なんて知らないと気づいて眼をそらす。

 変な隣人の部屋には変なものが数えきれないほどあるのだ。

「妻から貰ったんだ」

「意味ない嘘やめてくれません?」

 未婚者であることは知れ渡っているというのに敢えて愉しげに言ったことも、数秒見ていたのを観察されていたことも腹が立った。

 竹葦はインスタントのコーンスープを啜り、読みかけであったのだろう小説を優雅に眺めていた。

 一向にページを捲らないが。

「竹葦教授が結婚できたら俺三万包みますよ、ちゃーんと」

「めつ君は呼ばんさ」

「准教授ですよ」

 言ったそばから、些か傷ついた自分を恥じる。

「ああ、めつ君は結婚してたな」

「死にましたけど」

「子供が?」

「生んでねーっすよ」

「すまない」

「別に」

 妻の体内に宿った胎児は、陽の目を見ることもなく病に侵され、母を巻き添えに還っていってしまった。

 政府の規則に沿えば、二人の記録を全て抹消登録しないと再婚はできない。

 抹消登録とは言い得て妙だ。

「ゴムつけなかった俺が殺したよーなもんですよ」

「登録はしないのかね」

「する意味ないでしょ」

「意味が必要なのかね」

 うまく返す言葉は抹消済みのようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る