3

 い、がいないんだよ。


 あ、の後ろにいたじゃん。


 う、の前だろ。


 き、が隣にいないってうるせえ。


 おいっ、ら行全員いねえって!


 はあ?


「ったく、どこやったんすか」

 乱暴にカーソルを動かす准教授に顔をしかめて煙草を取り出す。

 その白い筒を颯爽と叩き落とし、松篠は汚れひとつない純白のスリッパで踏み潰した。

「ここは私の部屋だが」

「全棟禁煙ですけど。あああっ、見づらい! 電気スタンドくらい直してくださいよ、苛つくなあ」

 ガチガチと連打しても点かないスイッチを睨み付け、それから画面に眼を移す。

 大量に並んだファイルはスクロールしても、縮小しても終わりを見せてくれない。

「整理してくれないかね」

「規則違反する気はねーんで」

「めつ君は頭が古い……古いなあ。ナンセンスだ。過去の遺物に敬意を無駄に払って自己満悦……いや、マスターベーションに浸っているのと同じだ」

 口元が心寂しく、竹葦は下顎を親指でなぞり続けている。

 松篠は反応せずに、異音の原因であるファイルをゴミ箱から見つけ出して元のフォルダに戻す。

 難儀そうに首を回していると、目の前にカップコーヒーが差し出された。

「こんなもん飲む人間の気が知れない」

「人にあげるとき言いますかね、普通」

「砂糖とミルクは窓際の棚の引出しだ」

「俺いつも四個ずつ入れますよねえ?」

 口をつけると甘味が舌に広がった。

「ああ、四個ずつだろう?」

「……うっぜえ」

 聞こえないようにカップに向かってさりげなく囁いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る