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 隣人は頭がおかしい。

 前からわかっていたことではあるんだが、最近になると国の法律さえも覚えられなくなってきていると聞く。

 松篠めつは唇を曲げてベッドに倒れた。

 今年から大学の准教授という職を手にしたというのに、竹葦研究室に配属されたのが運命の分かれ目、地獄へ降下します。

 降下します。

 ため息すらもこの部屋から逃げ出した。

「んあーっ、うっせえ」

 耳障りな異音を発する機材に拳を振り上げるも、直前でなんとか我慢して鉄の扉から外に出る。


「竹葦教授! また違反しましたよね」

 机に両手をついて項垂れていた白い影が起き上がる。

 白髪に染まった長い束ねた髪を掻いて、のっそりと振り返る。

「めつ君かあ」

「また何やってんすか」

 今年齢五十になると謂われている竹葦は、一度としてパートナーを持ったことがない。

 変人だからだ。

 くそほど。

 足音を響かせて竹葦のデスクに近づく。

 それからマウスを握り締めたしわしわの手を掴んで引き寄せた。

「離してくださいっマウスを」

「触るな、構うなあ」

 周りのコードが鬱陶しく舞う。

「何に繋いでんすかっ、こんなにい」

「君に言うメリットがあるか」

「聞くメリットもねえですけど」

 あーうぜえ、と呟いてマウスを奪う。

 爪痕が手の甲に微かに残った。

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