名前

1

 あ。


 はあ?


 あ。じゃねえよ。


 なに適当につけてんだよ。


 ふざけんな。


 はあ?


 お前覚えてないのか。


 それさえも。


 なにが?


 名前は一文字なんだよ。


「この、ファイルの中ではな」

 愉快そうに指先までピンと伸ばした手を打ち鳴らして、竹葦(ちくい)が壁に向かって言った。

 真っ白で紙一枚貼られていない壁は無言で彼を見下ろす。

 右手でマウスを包み、少しだけずらして画面をスリープから目覚めさせる。

 鈍い音で明るさが部屋を照らす。

「おお、そうだった。カーテンを開けていなかったんだったな。お前、サボんなよ」

 竹葦は苦く微笑んで、夜空を見上げた。

 その窓には千切れた布が垂れ下がり、窓は固く鍵で閉ざされている。

 黒い毛糸のセーターの裾からほつれた毛糸が揺れている。

 紺色のジーンズが太ももを擦る。

「あー……いー……? 違ぇなあ。違うんだよ。うー? 読み込めねえよ。お前もさあ。エンターキー、エンターキー……おーおー」

 指先で湿ったキーボードを叩く音が跳ねる。

 竹葦は無意識にそれに合わせてスリッパの剥がれた底を床に打っていた。

 そろそろ約束の時間なんだが。

 あいつはまだ来そうにない。

「なー。遅すぎると思わないか?」

 壁は答えなかった。

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