第5話




 私はそれからも、慰問活動に力を入れ、公爵領の隅々を回っていた。あの方への思いを振りほどきたくて、だけど忘れたくなくて、必死で働いてばかりの毎日。「やっと王子妃教育が終わったと言うのに、全然家にいないじゃない」と寂しそうに不満を口にするお母様を宥めるのが日課となった。あっという間に月日が過ぎ、王子妃候補をクビになって三年が経ったある日のこと。




「シャーロット、婚約が決まった」



 朝からお父様に呼ばれて執務室に行くと、全く予想もしなかったことを言われる。我が国トップレベルの淑女教育を施されているにも関わらず、私は思わず眉間に皺を寄せた。




「お父様、何かの間違いではないでしょうか」


 王子妃候補をクビになり三年、まともな縁談は一件も来なかった。それもそのはず、私と爵位と年齢が合う御令息のほとんどが既に婚約者がいた。稀に婚約者がいないケースもあったが、十年の間、王子妃候補の教育を受けてきていて、しかも公爵令嬢、というのは、侍女のソフィア曰く「とても扱いづらい」ということで、私の婚約相手になることはなかった。もちろん、まともではない縁談はたくさん来ていたが、それはお父様によって弾かれていた。つまり、お父様が婚約が決まった、と仰ると言うことはまともな縁談である、ということだ。




「シャーロット、何かの間違いではない」


 お父様は、少し悩むような表情を見せながら、話し始めた。


「無論、シャーロットが嫌なら断ろう。ああ、その方が良い。今からでも断ってこようか。あんなやつに私の大事なシャーロットは任せられないだろう。大体、私の可愛いシャーロットを王家が十年も独り占めしていたんだ。やっと、家族水入らずで過ごせると思ったのに、もう婚約なんて早すぎる。シャーロット、やっぱり婚約は無しだ。」



 国務大臣をされており、公爵家当主のお父様は、いつもはとても冷静で優秀な方だ。しかし、家族愛が強く、家族に関することになると暴走しやすい。



「お父様、落ち着いてください。お父様がそう思ってくださるのは嬉しいですが、婚約が決まった、と仰ったと言うことは相手のお家との話し合いもされているのでしょう。簡単に断ることはできないはずです。後、婚約する時期として全く早くはありません、遅すぎると言って良い年齢になっています。」



「遅すぎるなんてことはない!こんな可愛いシャーロットが、誰かと婚約するなんて耐えられないよ。」


 お父様には、貴族社会で行き遅れになっている娘でも、幼い少女のように見えるらしい。



「お父様、まずお相手と、提示された内容を教えてください。受けるか受けないかは、そこからですわ。隣国の貴族の方でしょうか。」



 ステファニー王女、今はステファニー第二王子妃の祖国である隣国は、我が国より女性の社会進出に積極的に取り組んでおり、女性が勉学に励むことも推奨されていると聞く。こちらでは扱いづらい、私のことも受け入れられやすいかもしれない。



「シャーロット!国外なんて絶対に行かせないよ。私たちと滅多に会えなくなるじゃないか!」




「・・・それでは、どなたでしょうか。」



 お父様は大きく溜め息をつき、嫌そうな表情も隠しもしなかった。






「ハリー=ラッセル騎士団長だ。覚えているだろうか。」





 私は、ずっと、誰にも明かさなかった思いを、この時隠せていただろうか。

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