第4話
王子妃教育は辛い日も多かった。他の王子妃候補が、伯爵令嬢と侯爵令嬢だったこともあり、私は常に手本となるよう求められた。手本となるために、私は文字通り血が滲むような努力を続けてきた。幼い頃は、どうにか候補を辞退できないものかと考えたこともある。それでも、決して辞退と言う言葉を口に出さなかったのは、王宮に行けばあの方に会えるという、幼くも、仄暗い感情だけが理由だ。王子妃教育に行く前に、こっそりと、誰にも知られずに、王宮騎士団の訓練所を覗くことが日課だった。
覗いた時に見えた、あの真剣な眼差しを、私は今でも鮮明に思い出せる。
(まぁ、それも17歳までのことだったのだけれど)
淑女としてあるまじき覗き行為は、私が王子妃候補となった10歳から、ハリー様が辺境騎士団の所属になった時、私が17歳の頃まで七年間欠かすことはなかった。私が王子妃候補をクビになるかもしれないと分かった、すぐ後でハリー様は辺境へ行かれた。当時は、王子妃候補をクビになるかもしれないことよりも、他の王子妃候補が辞退してしまったことよりも、ハリー様に会えなくなることが辛く、落ち込んでしまった。それでも、この国のため、という使命感だけで、20歳になるまでの三年間は王子妃候補を続けた。
「・・・ちゃん、おねーちゃん!」
「あら、ごめんなさい。」
「つづきおしえて!」
「ここはね、こうして結ぶといいわ。うん、上手。」
今日は、孤児院の慰問日。子どもたちに花輪の作り方を教えていたのについぼんやりしてしまった。子どもたちは、みんな素直で、のびのびとしている。来る度に私の方が癒されているように思える。
王子妃候補をクビになったあの日、エドモンド第二王子と、私のお父様から、私の望みを聞かれた。あの時のお二人は、私が望めばどんな法外なことも厭わないような剣幕だった。私からの要望は一点、公爵領経営の補助、特に医療や福祉分野の補助をさせてほしいことだった。
「確かに、シャーロットは王子妃教育の中でも医療や福祉分野は特に力を入れていたな。勉強熱心だと教師達もよく褒めていた。それに、シャーロットがどれほど慈悲深いか、とよく王宮内で話題にもなっていた」
「シャーロット、そんなことでいいのか?我が娘ながら無欲すぎる・・・今なら王家管轄の領地でもいくらでも貰えるぞ」
「お父様、お言葉ですが無闇に領地を増やすことが得策だとは思えません。今ある公爵領の民たちの暮らしをもっと豊かにする、これこそが公爵家の役割と心得ております」
そのようなやり取りがあり、こうして孤児院や福祉施設の慰問に頻繁に行くようになった。
(殿下も、お父様も、勘違いされている)
私が医療や福祉に熱心なのは、決して慈悲深いからではない。ハリー様の職である、騎士とは死と隣り合わせの職業だ、それでつい医学の講義にのめり込んでしまった。そして、ハリー様が行かれた辺境では争いが多いことから、福祉に手が回りにくく領民の貧困が課題となっている。そこから福祉の知識を取り入れたいと思うようになった。
(私は、ハリー様のことばかりね。もう会うこともないのに。)
辺境に行った騎士はそのまま辺境で生涯を過ごす。辺境は争いが多いが、その分騎士としてのやり甲斐があるから、らしい。恐らくハリー様も、もう王都へは戻らないだろう。
それでも、あの方を想い、心を満たすことを、私はどうしても止められない。
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