第39話 潜入
ヒメウツギの話しによれば、『犬』の呪いの産物である両面宿儺は、僕の知り合いのアプリを通じてIP回線を使って送り込まれて来たという。僕のアドレスを特定して直接送り込むのは不可能に近いそうだから、おそらくそうなのだろう。そして、ヒメウツギは、いつも怪異との戦いに巻き込まれてしまう鳥丸さんのアプリが怪しいと言う。
確かに、『犬』が送り込んできた敵と戦っている間、鳥丸さんが気絶していた時間があった。それは間違いない。
その鳥丸さんが目を覚ますまでの間に、『犬』の手下が鳥丸さんのスマホの画像交換アプリに細工したというのがヒメウツギの見立てだ。怪異が当たり前のようにそういうプログラムを作れること自体が現状のまずさを示しているが、僕たちがそれを利用できるのはメリットだと今は思うことにした。
「じゃ、起動させるよ」
僕は鳥丸さんと繋がっている画像交換アプリを立ち上げた。『犬』に気づかれるといけないので、このアプリ自体はここ数日間起動させていない。
画像交換アプリは何でもないように立ち上がり、今のところ問題があるようには見えない。
「ヒメウツギ、何も起きないよ」
「まだ立ち上げただけです。きっと鳥丸殿と共有しているファイルに何か細工されているはずです」
僕は鳥丸さんと共有しているファイルをクリックした。すると、驚いたことに、その中に見たことのないフォルダが一あったのだ。わざわざ名前をつけずに名称未設定フォルダとなっていているのもやたらと怪しい。
きっとこのフォルダを開けると、中に霊体を送信できるプログラムが入っているのだろう。
「これを通じて鳥丸さんのアプリから僕の方へとやって来たのか。よし。このフォルダを開けるよ」
僕はフォルダを開けた。すると、中には一つだけファイルが入っていた。そのファイルのアイコンは犬の絵が描かれている。
「こ、これは柴犬!!」
九尾の狐の眷属の『犬』の姿が柴犬とは思えないが、アイコンには可愛い柴犬が描かれている。もしかすると『犬』の彼女が柴犬なのかもしれない。凪もヒメウツギもリリィも何か言いたげな目で、黙ったままこのアイコンを見ている。
この微妙な空気を変えるべく、僕は柴犬のアイコンを叩いた。
すると、何らかのプログラムが立ち上がってきた。そして、僕のスマホの画面が一瞬黒くなった。
「うわ!!壊れた?」
「いいえ、まだ立ち上げの最中です」
ヒメウツギは冷静に、スマホの画面に丸ががぐるぐるしているのを確認していた。スマホ上のぐるぐるが止まると、ついにソフトが立ち上がった。すると、スマホの画面いっぱいにドアが表示された。
「涼海殿。時間がありませんので、このドアを潜る準備をしてくだされ」
ヒメウツギにいきなりそんなことを言われた凪は、慌てて自分の身長を小さくした。
ええ!?凪は自分の身体を小さくすることができたのか!!
霊体というのは考えようによっては、生者の想像を超えたことができる便利な身体なのではないか。
すると、スマホに表示されている扉が開き、その真ん中に、何かの呪文の漢字が一文字一文字表示され始めた。文字は現れてはすぐに消える。その文字を目で追っている凪は、「ようし!!今だぁぁぁぁ!!」と叫んでスマホに突っ込んだ。
何が今だったのかは全く分からないが、凪はスマホの扉に吸い込まれると、この場から姿を消した。
スマホの画面に表示されている扉は、凪を送ったことで役割を果たしたと判断したのか、扉を閉じてしまった。
「ねえ、ヒメウツギ。これって凪があっちに閉じ込められたってことだよね?」
「はい。そうなります。涼海殿はおそらくそうなることが分かっていてこの役目を引き受けました。一刻も早く救出に向かうべきです」
「そうだね!!」
僕は雫型の想具を取り出して、軽く握りしめた。すると、この雫型の想具は笠間から南西方向に引っ張られていた。確認のために想具から細い光を出してみた。確かに光は南西方向に向かって伸びていた。
源相はこの光を見た瞬間、車のルートを頭の中で組み立てた。そして、ルートが決まるとゆっくりと頷いた。
「では、皆さん車に乗り込んで下さい。光は南西と言ってもここからほとんど南を指しています。ですから北関東自動車道を東に行きます!!」
源相は運転席に乗り込みエンジンをかけた。僕も助手席に乗り込んでシートベルトを閉めた。ヒメウツギは、何故かすぐさま乗り込まず忙しなく周りを見ている。すると、向こうから大きな体躯の黒い影が走ってくるのが見えた。
「遅いぞ!!早く乗れ!!」
「笠間から遠いもんで道に迷ってしもうた!!」と、言い訳しながら必死に走って来た蝉丸が、車をひっくり返しそうな勢いで後部座席に飛び乗ると、源相は一回エンジンを蒸し、一気に高速道路へと入った。
まずはこの地図で、大まかな場所の特定だ。
僕の持つ雫型の想具は凪の持つカード型の想具の片割れで、カード型の想具へと引き寄せられる特徴を持つ。地図を真北に合わせ、光の方向を見るに、想具の指し示している方向は埼玉南部から東京23区の北部だ。なぜ、そこまで場所が特定できるかと言えば、雫型の想具は、カード型との距離を色で表せるからだ。カード型との距離が100km以上離れていると黒色、50kmになると灰色、40kmで紫、30kmyで緑、20kmで黄色、10㎞で赤、5kmでオレンジ、1kmで白、100m以内に入るとシルバーになる。
因みに今の色は黒に近い灰色だ。ギリギリで100km以内だったので、凪のいる場所の特定がある程度できるのは助かった。
「源相さん。今は黒っぽい灰色なので、凪の持つカードまで大凡ですが90kmから100kmの距離だと思います」
「だいたいどの辺りか分かりますか?」
「すぐに調べます」
僕はタブレット端末で大凡の方向と距離を調べた。想具から放たれる光の方向と距離を表す色を見ると、埼玉県なら草加市、川口市、三郷市辺りで、東京なら葛飾区、足立区、北区、板橋区あたりになりそうだ。
「推定ですが、東京と埼玉の境目くらいのようです。もっと近くに行けば更に絞れます」
「雄二くん。ありがとう。では、予定通り北関東自動車道から常磐道に入って筑波山の東部を南下して、埼玉、東京を目指します」
「お願いします」
僕は再びタブレットに目を落とした。GPS連動している地図上の僕たちの車は、順調に北関東自動車道を東に進んでいる。渋滞も発生していない。これなら常磐道にはすぐに入れそうだ。手の中の雫型の想具は少しだけ灰色に近くなっている。距離が近づけば割と細かく色が変わるようだ。我ながら中々のものを創れたと思う。
なるべく早く行きたいが、問題は凪だ。無茶しないで無事にいてくれるといいのだが…
この作戦の問題点は凪がスマホのゲートを通じてこちらへと戻って来られない点にある。凪がカード型の想具を敵のアジトに置いて戻ってきてくれれば問題ないのだが、向こうの端末をいじれないの凪が戻って来れる確率はかなり低い。僕たちが到着するまで戦闘にならないようなるべく隠れているようにと言ってあるが、言いつけを守って隠れてくれているだろうか?
雄二は助手席から外を見た。空は青黒く、東は赤くなりかかっている。
間も無く日が昇り、朝が始まる。長い一日になりそうだ。
————凪は辺りを見回した。どうやら現実世界にはいるようだ。
あのアプリのドアに入った後、何処にも繋がっていない暗がりを通り抜けた気もするが、あれが暗闇だったかどうかは分からない。でもあるのかないのかよく分からない世界を飛び越えられたのは事実だ。
凪はちょっと安堵して、ガッツポーズを決めた。
雄二くんが言っていたアプリ?とかいう触れもしないものに術式をかけられるのかは微妙だったけど、まあ、こうしてここにいるのだからきっと出来るのだろうと思う。
アプリの中に怪異が潜んでいるかもと身構えてはいたが、それが杞憂だったのも助かった。
さて、まずはカードを隠せる場所を探そう。
ここがどこでどのような建物の中にいるのかを調べつつ、雄二くんのために任務を全うするのだ。私に肉体があった遥か昔も、重要任務を数多こなしたが、得意の陰陽術を駆使して成功させてきた。
大丈夫。私は出来ると、凪は頬を叩いて気合を入れた。
自分の足元には見たこともないスマホが横倒しになっていて、その画面には雄二のスマホに出てきた扉と同じ扉がある。窓がなく薄暗い部屋の中でこのスマホの光は異様に目立っている。
この目に痛いスマホの光を手で隠しながら凪は周りを見る。
助かったことに、この部屋に人の気配も怪異の気配もしないので、いきなりの戦闘は避けられたと言える。
しかし、いつ人間や怪異がやって来るか分からない。行動を素早くするに越したことはない。凪は音を立てないようにゆっくりとスマホから降り、塔のように聳え立つ電気スタンドの影に隠れた。
ここは机の上?かな?
巨人の国に来たような感覚だが、どうやら私は机の上にいるようだ。リリィは毎日こんな感じの世界を見ているのかと頭の片隅で思う。
何処かに『犬』がいるかもしれないし、スマホの光に気づいて誰か来たらまずい。
早急に第一の任務をこなさなくてはならない。
雄二くんにこの場所を知らせる為のカード型の想具を安全な場所に隠すのだ。これさえどこかで起動していれば、雄二たちがこの建物を目指して来てくれるはずだ。
雄二くん早くきてくれないかなあ…早くあのもふもふに抱きつきたいよ。などと思ったが、まだ着いてから数十秒だ。少なくともあと二時間は頑張らなくてはならない。
凪は両頬をパンと叩き、煩悩を追い出して考えた。
うーん、身体のサイズをどうしよう…元のサイズに戻るか、この小さいサイズのまま動くか…これは迷いどころだ。人間には私が見えないので放っておいてもいいが、問題は怪異だ。人間サイズに戻ったことで『犬』に見つかるのが最悪の展開だ。両面宿儺がやられたことによる呪詛返しで、相当なダメージを負っているはずだが油断はできない。何しろあの九尾の狐の眷属の一人なのだ。
でも、小さいままでは非力なのは確かで、なんでもないネズミの怪異にすらやられる可能性がある。
少し考えた結果、凪は人間サイズに戻ることにした。少なくともこの部屋には怪異の匂いもしないし、人間の気配もないからだ。
凪は身体を元の大きさに戻して部屋を見回した。スマホが置かれた机は何かの作業机で、電気スタンドとスマホ、端には文房具の入った箱が置かれていた。埃が見られないことから、この机は普段から使われているようだ。机の椅子には薄茶色のカーディガンが掛けられている。どう見ても女性もののカーディガンだ。部屋の広さは雄二の家のリビングほどの大きさで、壁紙は白く、何かのポスターが数枚貼ってある。凪には名前が分からないが男性アイドルのポスターのようだ。そのポスターの下にはベッドがある。誰かが使っているようで、掛け布団が無造作に奥へと押し込まれている。
どうやら、ここは女性の部屋のようだ。
リリィの言う通りこの組織には女性か子供がいるのは間違いない。
ベッドの横にはクローゼットがある。凪はクローゼットの中を確認した。殆どが女性物の洋服とバッグで、クローゼット下部に置かれた小さな化粧台の上には化粧品も無造作に置いてある。中段のバッグの棚には数個のバッグが並んでいるが、ほとんど使っていないようで、左端のバッグなどは埃をかぶっている。このバッグの奥なら探されることもないだろう。
凪はバッグ置き場の左端の奥にカード型の想具を入れた。
これでまず一つ目の仕事が終わった。
ようし、建物の中に潜入だ!!
凪は、雄二と一緒に観たアニメのスプリガンの遺跡荒らしに自分を重ね合わせて、ドアに隠れながら廊下を覗いた。
窓のない部屋の中と違い、部屋の外は大きな窓がずっと並んでおり、そこから外の明かりが入って来ている。まだ夜明け前なので明るくはないが、十二分に視界は良好だ。飾り気のない無機質な廊下が奥まで続いている。凪のいた部屋は端っこの部屋だった。
誰もいないようなので、凪は廊下に出て窓の外を見た。まあまあ高い階にいるようだ。おそらくは三階か四階程度の高さで、真下には植栽がある。そして、この建物の周りは住宅地が広がっている。
結論として、ここは一般的な民家ではなく、ビルの中だ。そして、住宅地の中にあることから山奥という訳ではない。
怪異の好みそうな山奥の一軒家のような場所でなくて、凪は正直ホッとした。ああいう場所での怪異はかなり強いからだ。
とはいえ、ここは怨霊の復活を企てている組織のアジトだ。どこに結界や術式が仕込まれているのか分からない。慎重に進まなくてはならない。
廊下に目を戻す。この廊下には凪の出て来た部屋を含めて六つのドアが見える。
凪は特製の人型のお札を取り出し、息を吹きかけた。すると、拳大の人型のお札が式神となり、空中に浮いた。このお札に先導させ、結界やお札がないか確認しながら、凪はゆっくりと廊下を歩いた。今創った式神は怪異や霊気に反応するようにしてあり、何か感知すれば即座に知らせてくれる。
隣の部屋のドアの隙間からまずは式神を中に入れた。
この部屋の中にも誰もおらず、危険もなさそうだ。
凪は隣の部屋に入った。ここも窓がなく薄暗い。隣の部屋と違って衣服や何に使うのか不明な道具が片付けられることなく散乱している。雄二くんの部屋はいつも片付いているし、私とヒメちゃんのスペースもきちんとある。もう少し綺麗に使えと言いたくなる。
ここはどう見ても男性の部屋だ。
ただ、中の作りはさっきの女性の部屋と変わらない。同じ部屋を一人一人に割り当てているのかもしれない。机の上には本が何冊か無造作に置かれているが、その中には物部氏についての本もあった。やはり、ここはリリィの敵のアジトなのだ。
ヒメちゃんの予想通り、リリィの敵と『犬』は手を組んでここから私たちを攻撃していたのだ。
むむぅ。自分たちの主張を通すために日本を破壊する計画を立てた上、『犬』にも手を貸りるなんて人間として許せないよ!!と心の中で憤りながらこの部屋を出た。残りの部屋も見てみたが、どの部屋も個人の部屋として使っているようだった。
全部の部屋を見終わった凪は、一旦式神をしまった。そしてどの部屋にも感じた違和感について考えてみる。
うーん、何だろう?誰もいないのもそうだけど、変な感じがするのよねえ。
どの部屋も生活感があると言えばそうなのだが、もう少しちゃんと片付いていてもいい気がする。特に四つ目の部屋などは半分以上残ったカップラーメンが机の上に放置されていた。
まあ、ズボラな人間なら放置してもおかしくはないが、それにしてもとは思う。
それに、奥の部屋にあったスマホもそうだ。
女性が普段使っているスマホを置いたまま部屋を出るだろうか?まあ、普段使っていない支給されたスマホを『犬』に貸して、両面宿儺を送り込んだとも考えられるが、それでもあれを置いたまま部屋を出ていかないように思う。だって、雄二くんの妹の翠ちゃんは、いつもスマホを後生大事に持ち歩いている。スマホを長時間置きっ放しにしている事はまずない。
そう考えると、誰にも見つかることなくここに降りたてたのは極めてラッキーだったと言える。
何だか色々と腑におちないが、それはこの先を調べれば分かってくるかもしれない。
廊下を進むと最奥に階段があった。階段は上にも下にも行けるが、まずは上を見てみることにする。陰陽師としての勘だが、上に何かありそうな気がしたのだ。
凪が階段を上がると、この階には人の気配がする。
人間には私が見えないけど怪異は私が見える。凪は階段脇の壁に身を隠しながら廊下を覗き込んだ。下の階と同じ廊下で、部屋の配置も同じだ。但し、この階の廊下には多くの人がいた。皆なんだか浮かない顔をしている。見れば、廊下をうろうろしている者、深刻な顔をして話し込んでいる者が目立つ。これは、つまり何かあったのだ。
うふふぅ。凪ちゃん強運!!
現場が混乱していればそれだけ探し物がしやすくなるというものだ。
凪は耳を澄まし、まずは話しを聞くことにした。一番近くにいる若い男女の声が聞こえてきた。
「まいったなあ。もうすぐ作戦始まるってのに『あれ』動かせないのか?」
ボサボサの頭をしたジャージ姿の若造が、気だるそうに窓の壁に寄りかかって金髪の女性に話しかけた。金髪の女性も短パンにTシャツを着ており、なんだかさっきまで部屋で休んでいた風だ。まあ、まだ夜明け前だ。休んでいる方が普通というものだろうとも思う。
「さっき見たけどちょっと無理。今、ドクターに診てもらってるけどかなり衰弱しているのよ。どう考えても動かしたら危険よ」
「栄養は点滴で投与しているんだろ?呼吸器も正常に動いているって話しを聞いたけど、何が悪いんだよ?」
それを聞いた金髪の女性は怒って男を睨みつけた。
「もう質問ばかりしないでよ!!私だって全部は分からないのよ!!」
「悪かった。でも、いつも世話してるんだろ?昨日まではどうだったんだよ?」
「なんの問題もなかったわよ。完全な眠り姫。数値も全て安定していたわ」と、視線を落として女性は言った。
「ふう…全く…ここであいつ死んじまったら計画が全て止まっちまう。なんとかなんねえかなあ」
「…協力者の『犬』が動ければ解決できるかもだけど、何でか動けないって言うし、もうどうしていいか分かんない…」と首を振りながら女性は外を見た。それにつられるようにボサボサ髪の男もため息をつきながら外を見た。
廊下にたむろしている人々は、落ち着かない感じで真ん中の部屋のドアを見ている。
凪のさっきまでの余裕は一気に吹っ飛んだ。
え?これってリリィちゃんの話しじゃない?衰弱って、まずいじゃん!!
凪は焦った。正直、こんなことになっているとは夢にも思わなかった。リリィが死んでしまうのはまずいどころの話ではない。
この男女の話しから類推するに、リリィは動かせないほど衰弱しているようだ。魂と肉体の乖離が引き起こした副作用かもしれない。凪は幽体なので、魂と身体のバランスが崩れるとまずいのは分かりすぎるくらい分かる。『犬』の力が落ちて魂を管理しきれていないのかもしれない。
となれば、今、リリィを救えるのは自分だけだ。
なぜなら、怪異から魂を取り戻せるのは現時点で自分だけだからだ。その魂を管理している『犬』が問題ではあるが、リリィの様子如何ではそんな事は言っていられない。
怪異の存在も感じないので、凪はこの組織の人間がたむろする廊下へと入って行った。もちろん、人間に自分は見えないので素通りだ。しかし、それでも注意しなければならない。ここは普通の施設ではないのだ。なんと言っても、物部氏の誇る強力な護符を持っているのだ。私がどれだけ陰陽道に通じていても、幽体であれをまともに喰らってはまずい。
凪は先ほど作った式神を、ドアの隙間から部屋の中へと入れた。しばらく部屋の中を漂わせたが、リリィを守る魔除けの護符の存在は感じるが、自分を排除するような術式の存在は感じない。
式神を戻し、懐の中へとしまい、凪は大きく深呼吸をした。よし。行くぞ!!と心の中で言うと、部屋の中へと入った。
うわ。暗い…
部屋の中の電気は落とされ、床近くの壁に埋め込まれたオレンジの間接照明が唯一の灯りだ。
下の階の部屋と全く同じ間取りの部屋で、やはり同じ位置に設置されたベッドの上に誰かが横たわっている。ベッドの横には二人の男女が立っている。男性は白衣を着ていて、ベッドに横たわる人物の腕や首を触りながらぶつぶつ呟いている。女性は、ベッドの周りに置かれたよく分からない怪しげな光を放つ機器に顔を近づけている。女性が機器から顔を離すと、眉間に皺を作り、首を振りながらノートに何かを書き付けた。
男女の行動を気にしつつベッドを見れば、脚の四隅にお札が貼られているのが確認できた。基本的に悪霊用のものだが、下手に触ると自分にも効きそうなので注意が必要だ。
女性はノートに書き込むのをやめると「先生、心拍数が更に下がっています」と呟いた。
そんなこと言われなくても分かっていると女性を一瞥した男性は「血圧もか…これはまずいな…これでは生命が維持できないぞ」と低い声で呟いた。
「電気ショックを与えてみますか?」
「いや、無駄だ。これは何か精神的なものというか…医者として忍びないが、外的なことで解決する感じではないな…」
どうやらこの医者もお手上げのようだ。
ベッドに横たわるリリィには様々なチューブが取り付けられており、見た目からして痛々しい。目を瞑っているその顔は、普段見ているリリィと全く同じ顔で、これが本人なのは間違いない。
ずっと寝続けていることから顔色は悪いのかもしれないが、それにしても色が青い。呼吸も心なしか小さい気がする。
「待っててリリィちゃん!!」
凪がリリィに呼びかけると、なんとリリィが頷いた。凪の声が聞こえたのかは分からないが、頑張ってくれるようだ。
「先生!!今、この娘動きましたよ!!」
「ん?本当か?」という男性の声を背に、凪は部屋を飛び出した。
部屋の周りにいる烏合の衆をすり抜け、凪は階段を下へと駆け降りた。
これも陰陽師としての勘だが、今度は下に何か鍵がありそうな気がしたのだ。案の定、下に行くに従って何かの気を感じるようになってきた。ここから先はかなり注意して進まないとまずいことになりそうだ。
凪が一階まで降り切ると、何かの気を確実に捉えた。
唇をへの字にした凪は、階段をから廊下へと入る。
一階も上階と同じ作りで、廊下にドアがいくつか並んでいた。慎重に、ゆっくりと廊下を歩き始める。奥へ行く度に気が濃くなっていく。怪異なのかは判別できないが、ここまでの気を作れる人間は、雄二くんを除いていないのは確かだ。となれば、この気の正体に察しがつくというものだ。
凪は、式神を出した上で、慎重に奥へと進んだ。
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