第31話 封印
大量の矢が突き刺さり、全身から煙を吹き出しながら両面宿儺は膝から崩れ落ちた。
傷口から煙が吹き出すにつれ、両面宿儺の真っ黒な身体が薄く透明になっていく。元々の煙の状態に戻っていっているのかもしれない。そして、これは間違いなく封印するチャンスだ。
にも関わらず、僕の心の中に不安が渦巻いている。
当初、想具で創った入れ物に形のある物体を閉じ込めることを想定していたのだが、両面宿儺が気体へと変化すれば、その想定が根底から崩れてしまう。気体は壁をすり抜けて外に出ていってしまうのだ。そんな気体を閉じ込めるにはどうすればよいのか?
僕の迷いを見てとったヒメウツギが「雄二さま。玉手箱をご存知ですか?」と聞いてきた。
「え?浦島太郎の?もちろん知っているよ」
「玉手箱からは、何が出てきましたか?」
「何って、白い煙だよね。あ、そうか」
「そうです。気体であれば普通の箱なら抜けていきますが、想具は自由な発想で自分の想い通りのものが創れます。単純に箱を創って雄二さまの気でコーティングしても良いですが、玉手箱を想像して、同じことのできる箱を創れば問題なく封印の箱は創れると思います」
「ありがとう。ヒメウツギ」
想具はその名の通り、僕が想ったものが創れる。常識的に考えて無理なものでも創れてしまうのだ。勝手に常識を当てはめては、創れるものも創れない。この戦い自体がもう現実と常識を超えているのだ。そこに慣れていかなければならない。
その会話を聞きながら凪は思った。
浦島何かとかって、蓬莱山に行くんじゃなかったっけ?それに、化粧道具を入れる箱から煙が出る意味も分からない。幾多の時代を超えてきた凪は、要するに自分の時代とは違う物語になったのだろうと、ある意味で達観して勝手に納得した。
雄二は玉手箱を頭の中で思い描いた。目の前に想具が具現化されていく。
実際の玉手箱は高級化粧品入れなのだが、雄二がそんなことを知っているはずもなく、おせちが入っていそうな、何となく和テイスト漂う箱ができた。
「うん。雄二くん。なかなか良いよこれ。唐にも大和にもありそうでない感じがいいね」と、創った想具を手に持って色々な角度から見ながら凪が言う。
「あ、ありがとう」
まあ、デザインで大事なのは、自分がいいと思うことだ。自分が良いデザインだと思うアニメのキャラクターを言うと、たまに友達から「え…」という目で見られるが、凪もこっち側の人間なのかもしれない。
しかし、この和テイストの箱の性能は、自分で言うのも何だが、かなりすごいと思う。
魂から個体に至るまで何でも入れられる代物で、僕が箱を開けるまでは、そこから何も出せないというとんでもない箱だ。ここに入ってしまった魂は、僕が出ても良いよと言わない限り出ることの叶わない牢獄に入るようなものだ。そんなところに閉じ込めるのは、悪霊と言えど流石に申し訳ないので、箱の中に仮想の街を作り、現実世界と遜色のない世界が箱の中で展開されている。
その世界は、以前に読んだ誰かの想像の中で生きるというSF小説や、ネットの中に展開する仮想世界に住むというSF小説をヒントに創っているので、割と快適に生活できるはずだ。両面宿儺が更にひどい悪霊にならないと思いたい。
「雄二くん。あいつかなり弱ったよ。もういいんじゃない?」
「そうだね。じゃあ、入れる作業をしようか」
僕は、尻尾の気を掌に集中させた。
いつでも真言を唱えられるように手印を作る。あとはタイミングだ。本当に弱っているのかを見極めなければならない。この両面宿儺は『犬』が送り込んできた悪霊だ。ヒメウツギによれば怨霊であり、呪詛だと言う。呪詛は完全に消し去る事は難しいそうで、完全に消す場合はその呪詛を仕掛けた者を倒すしかないと言う。
この呪詛をここで封じる事で、戦局が大きく変わる。
僕が呪詛返しをすれば、呪詛を掛けた『犬』に大きな痛手を負わせることができるそうなのだ。呪いを跳ね返された者は、その呪いが強ければ強いほどその報いも大きくなる。この両面宿儺の強さからすれば、その反動は相当大きなものになるとヒメウツギは言った。そして、その時こそがリリィの身体を取り戻す最大のチャンスと言っていい。
両面宿儺はその大きさを半分くらいにしぼめた。
頃合いだ。僕はそう感じた。
凪もそれを感じてか、三体の式神を動かした。式神はいつ渡されたのか、何かのお札をそれぞれが持っていた。あれで自分たちが浄化されないのか心配になる。
式神たちは、お札を持ったまま両面宿儺の頭上に集まった。お札に書かれた字も読めないし、デザインもあまり見ないものだ。これが終わったら、凪にどんなお札なのか聞いてみたい。
「よし、投下!!」
凪の合図で、三体の式神たちはお札を投下した。お札は物理法則を完全に無視し、矢のような速さで両面宿儺へと落ちた。しかし、両面宿儺も最後の力を振り絞って黒剣を振ってお札を切りさいた。
真っ二つに切り裂かれたお三枚の札が、両面宿儺の脇に落ちた。それを見た凪はニヤッと笑った。
「ふふふ。切ったね?」
すると、両面宿儺の黒剣がドロドロと溶け始めた。
「それは対霊具溶解液を含ませてお札に見せかけた、お札もどき『溶解くん』だー!!」
センスが昭和?いや明治?室町?…なのが玉に瑕だが、なかなかいい攻撃だと思う。液体を仕込んだ兵器なら、お札でないので式神が触っても問題ないし、何より騙された方の心理的なダメージが大きい。
手まで溶けてはと、両面宿儺は黒剣を床に捨てた。全身に突き刺さった多くの矢で動きを封じられ、攻撃手段も失った。それでも安心できないのは、こいつが『犬』の放った怨霊だからだ。『犬』の戦略はかなり細かい。僕を殺さず、しかも反抗の芽を摘むよう執拗に仕掛けてくるのだ。
「雄二どの。とどめを刺しましょう。弱くなりすぎると奴が消える可能性がございます」
ヒメウツギも、怨霊といえど両面宿儺にこれ以上苦しませるのは見ていられないのだ。表面上冷たそうにしているが、心優しいのは僕もわかっている。
「では、いくよ。」
「オン・アボキャ・ベイロシャノウ・マカボダラ・マニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン」と今度は不動明王ではなく、大日如来に祈る。いよいよ怨霊を浄化する時は、この真言がいいと源信さんは言っていた。
全く意味の分からないサンスクリット語の光明真言を唱え、雄二は智拳印を組んだ。掌中に溜まった九尾の狐の気を充分に練る。そして、掌に入り切らなくなった気を一気に放出した。
大日如来の加護を受けた九尾の狐の気が、勢いよく両面宿儺を包み込んだ。
気に包まれた呪いはその姿をどんどん小さくし、一気に僕の膝下くらいの大きさまで小さくなった。全身から立ち上る煙もかなり少なくなり、かなり身体を薄くして元々の黒い煙に戻り掛けている。
僕は先ほど創った封印の箱を両面宿儺の前に置いた。すでに箱の扉は開けてあり、両面宿儺を入れる準備は万全だ。
グゥウウゥウ…
呻き声をあげながら箱を見た両面宿儺は、最後の力を振り絞って立ち上がった。そして、右手に新たな黒剣を出し、この箱に切り掛かった。壊してしまえば封印される事もないと思ったのだろう。両面宿儺が力を振り絞って黒剣を振り下ろした瞬間、ガキンッという金属質な音がして、両面宿儺の黒剣を白い剣が弾いた。その剣の持ち主は鳥の式神だった。飛びながら器用に足で剣を扱っている。鳥の式神は両面宿儺と何度か剣を撃ち合うと、後方へ羽ばたいた。飛びながら剣先を両面宿儺に向けて威嚇して両面宿儺の動きを止めると、得意の雷を落とした。
いきなりの雷に、両面宿儺はなす術がなかった。
雷が直撃した両面宿儺は、全身から煙を上げながら上半身から崩れ落ちた。しかし、床に突っ伏す直前、黒剣を床に突き刺して完全には倒れない。こいつも相当タフな怨霊だ。
「あの鳥の式神すごいね」
「うふふ。陽百雷喜は、カミナリノトリの中でも飛び抜けて強い霊だったからね」
「そ、そうなんだ」
鳥の式神を誇らしげに語っている凪がいつの時代に生きていたのかは分からないが、数百年前の怨霊は今の怨霊よりも強そうな感じがする。そう考えると、この鳥の式神の戦闘力はかなりのものなのかもしれない。
僕は両面宿儺を拘束しようと、気を両面宿儺の両横に展開し、大きな手を想像した。九尾の狐の気が二つの大きな手になったように感じる。想具ではないので、これこそ気の持ちようと言うに相応しい。
その両の手で、弱った両面宿儺を掴んだ。ふわふわな感じがして個体感はほとんどない。もうほとんど煙に戻りかかっているのだろう。ただ、気の手であれば煙だろうと霊であろうと確実に触ることができる。両面宿儺は身体をバタつかせて抗いながら、黒剣を気の手に突き刺した。しかし、両面宿儺の呪力は完全に底を突いており、最早僕の気を貫くほどの威力はなかった。黒剣は気の幕に弾かれてカランと床に落ちると、空気へと還った。
僕は両面宿儺をそのまま箱に入れた。
両面宿儺は箱から出ようと、なりふり構わず暴れ始めた。これでは気の手を離した瞬間に箱から出てきてしまう。
「おとなしくなさい。見苦しい」
リリィはそう言うと、続けて「極めて汚きも滞り(たまり)なければ、穢さ(きたなさ)はあらじ、内外(うちと)の玉垣清浄(たまがききよしきよし)と申す」と一切成就の祓の祝詞を唱えた。
リリィの祓が周りを包む。箱の周辺に清い空気が流れ、結界とは違う祓いの空間ができた。リリィがしばらく何も話さずおとなしくしていたのは、この空間を創る準備をしていたのだ。さすが神道の術式のスペシャリストだけあって『祓の場』を創れるのだ。この『場』には神聖さを感じるし、清涼感すら漂っている。ここはもう神道の術式で創られた呪いとは真逆の世界の入り口なのだ。
この神聖なる空間で、これだけ小さくなった両面宿儺が暴れることはもう不可能だ。
観念した訳ではないだろうが、両面宿儺の動きが完全に止まった。戦いのはじめにリリィが創った光の結界と同じように、もう身動きが取れないのだろう。
「封印」
僕は扉を閉じ、両面宿儺を箱に閉じ込めた。
すると、僕の部屋の床に転がっていた僕のスマホの画面が突然光った。そこにはあの『犬』という文字が浮かんでいる。この文字を見ると嫌な予感しかしない。
「うわ、また何か来るの?」
「いいえ、逆です。これから『犬』は大きな代償を払うのです」
ヒメウツギが冷静にそう言うと、スマホの上に突然何か大きな力が渦巻いた。その力はどんどん大きくなっていく。若干禍々しい感じのするこの力が、呪いの力なのだろうか?
よく見れば、部屋のあちこちに分散していた力をかき集めているようだ。分散してしまった黒い煙は呪いの力だったのかもしれない。
僕はスマホをじっと見た。
スマホの真上が、黒く澱み始めていた。
やっぱり何か凄い怪異が来るのではと身構えると、その大きな力は強烈な掃除機に吸い込まれるようにスマホの画面へと入って行った。渦巻いていた異様な力は一瞬にして無くなり、僕の部屋に静寂と平和が戻った。
突然無音になったので、耳がおかしくなってしまったように感じる。
ヒメウツギは僕の肩から降りると、スマホへ駆け寄り、画面を見た。画面に浮かんでいた『犬』の文字は消えている。
じっと画面を見ていたヒメウツギは、納得したのか大きく頷いた。そして、僕の方を向いてその結論を言う。
「雄二さま。脅威は去りました。両面宿儺に掛けられた呪いは『犬』へと還りました。『犬』は自身の何かを代償に両面宿儺の呪いを我々に送り込みました。しかし、我々が勝利したことで呪詛返しが起こり、より強い呪いが『犬』へと向かいました。今、『犬』はその呪いに侵されています。確実に無事ではいられません。どれほど強い怪異だったとしても、呪いの力には抗えないのです。これはチャンスです。『犬』が暫く動けないとなれば、目下の敵はリリィ殿を拉致した組織だけです。源相殿に相談の上、リリィ殿の身体を解放すべき時です」
「ようし。頑張るぞ!!」
僕が両拳をギュッと握って気合を入れると、凪も「やるぞー!!」と言いながら三体の式神を抱きしめながら可愛がった。式神も喜んでいるように見える。何だかペットのようだ。式神というものは、使役するというよりは仲良くなると色々やってくれる霊のようなものなのかもしれない。
すると、意を決したような表情をしたリリィが手を振った。話しを聞いて欲しいというジェスチャーだ。みんながリリィを見ると、リリィは緊張しながら口を開いた。
「…あ、ありがとう」
小さな声をなんとか絞り出し、顔を真っ赤にして頭を下げる。普段お礼を言うことなどほとんどないのか、非常にぎこちない。
もうこれ以上は話せそうもないので、僕が話しを引き取ることにした。
「最後はリリィのおかげで、あいつを封印できたよ。僕も頑張るから、リリィのことを話してくれるよね?」
「うん…」
リリィは頷くと、僕をじっと見た。
「どこから話せばいいのか…」
リリィは目線を明後日の方向に向けると考え込んでしまった。これは暫く時間がかかるパターンだ。
リリィが考えている間にと、僕は散らかったものを片付け、部屋の真ん中にクッションを置いた。凪専用のクッションはベッドの上と決まっているので、僕のクッションだけを置く。僕がクッションに腰を下ろすと、早速ヒメウツギが僕の肩の上に乗り、膝の上に凪が座った。もう式神はどこかにしまい込んでいる。
一箇所に固まりすぎて、重さは感じないものの何だか圧迫感はある。ただ、もうこれが日常となってしまったので、それほど気にならなくなってしまったのも事実だ。
これで話しを聞く体勢が整った。
リリィは息を大きく吸い込むと、目を瞑ったまま暫く動きを止めた。そして、ゆっくりと自分自身について話し始めた。
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