第24話 強化

 『犬』との戦い、リリィの身体の奪還。そのための準備。やることがいっぱいすぎる。その上、高校受験勉強も蔑ろにできない状況だ。

 そうなると、時間の使い方が鍵になる。そこで、雄二は今までの数倍授業に集中し、その場で覚える事で大概の勉強を終えられるようにした。今日の授業は六時限あるので、最後は脳が痺れた。それでも、比類なき集中のお陰で社会と生物はかなりの部分を覚えられたと思う。雄二の学校は公立だが、かなり柔軟な学校で。黒板の板書の書写しをカメラで撮ることを許可されている。これが大きい。ノートに覚えるポイントを書きながら、先生の書いた板書はカメラに収められる。授業中に先生の話を聞きながらカメラで板書を見直せるので、効率よく授業内容を吸収できるのだ。


 全ての授業が終わり、雄二は少し脳を休ませ、剣道部の練習に切り替えようとしていた。すると、早足で担任が教室に入ってきた。帰りのホームルームだ。

 通達事項をサラッと話した担任は、「最後に」と言って真面目な顔をすると、「あと一週間で期末テストだから、ゲームなんかしないでみんなちゃんと勉強するようにな」と言った。そして、徐に手に持っていた帳面を縦に立てて教台にパシンと落とし、顔を険しくして「折角直したばかりなのに、また校門が破損した。こんな悪戯する奴は許せない。校門を壊している奴を見かけたら必ず先生に言うように」と言った。教室内が一斉にざわつき、「やべっ!俺だってバレたかな」とか「あれを破壊できるヤンキーってすごくない?」とか思い思いの声が聞こえた。

「ほらっ!!静かに!!」

 担任の一喝で教室は静かになった。

「では解散。部活もほどほどにな」

 これでホームルームは終わった。真実を知る僕は、勝手に気まずくなった。何となく周りを見渡すと、鳥丸佳代子と目が合った。鳥丸さんは顔を真っ赤にして目を逸らす。何だか誤解があるように感じるが、今はそれどころではない。

 僕は席から立ち上がると、早速剣道場へと向かった。

 神前に向かって礼をした後、バチバチと竹刀のぶつかり合う音が響く。最後の大会の直前のため、皆が気合の入った稽古をしている。授業に使った頭を冷やすのには丁度いい。こうして今日も充実した稽古を終えた。

 着替えて更衣室を出ると、「あ、志田くん。鍵お願いねー」と女子部員の小暮さんに鍵を渡された。

「え?今日も鍵当番俺だっけ?」と小暮さんに聞く。

「そうよ。このローテンション表に書いてあるでしょ」と小暮さんは部室の片隅に貼ってある紙を指差した。

 見れば、鍵当番ローテンション表には確かに雄二の名前が書いてある。

「書いてあるね。ていうか俺、多くない?」

「だって沢山休んだじゃん。平等に割った結果こうなったのよ。じゃ、お願いねー」

 部員が帰って行く背中を見つつ、仕方ないかと鍵を職員室へと持って行く。

 剣道部の顧問の石津先生が難しい顔をしているのが見える。きっと期末試験の問題でも作っているのだろう。あの先生はいつも問題作るのが面倒だと言っている。体育などいつも同じ問題出せばいいと思うが、そうもいかないのだろう。

「先生お願いします」

 僕が鍵を差し出すと、「あ、あ疲れさん」と言って石津は鍵を受け取る。

「そういえばまた校門壊されたってさ。全く誰だろうな?あんな丈夫なもの壊すのは?志田も帰りは気をつけろよ」

「何だか誰かに襲われそうな言われようですね。分かりました」

「いや、だって、お前実際に誰かに襲われているだろう」

「あ、そうか。そうですね」

「ま、ショックがなさそうで安心したよ。あと少しだから大会も頑張れよ」

「はい。分かりました」

 僕は礼をして職員室を出た。悪いこともしていないのに、職員室に入ると何となく緊張するのは何故だろうか?何も悪い事をしていなくても、警官が歩いてくると緊張するのと同じ構造だろうとは思う。


 下駄箱に下履きを入れ、外に出ると辺りは暗くなり始めていた。さて、早く帰ってリリィの方の対策を考えなくてはならない。時間は有限なのだ。校門に向かって行くと、私服の女性が校門の内側に隠れながら外を見ている。もう毎日この光景を見ている気分になる。女性はやはり鳥丸さんだ。二度も怖い目に遭っているのに何故性懲りも無く同じ時間に同じようにここを通るのかと思わずにはいられない。

「と、鳥丸さん。また何かいるの?」

「あ。志田くん。いや、その…今日は何だか女性の声がするのよ。しかもかなりはっきりと。でも、聞こえる場所には誰もいないのよ」

「はあ…女性の声ねえ…何を言っているのか分かるの?」

「何を言っているのかまでは分からないけど…女性だってことは分かるわ」

「そう。じゃあ、僕ちょっと見てくるよ」

「あ、待って!!置いていかないでよ。毎回置いていかれてるのは嫌よ」

 鳥丸さんは僕の腕を凄い力で掴んで、校門の外に行かせないようにした。鳥丸さんが相当怖い思いをしていたのは、この力の入り方に加え、溢れ出る涙と鼻水を見ればわかる。

「でも、危ないかもしれないよ」

「志田くんが危なくない理由は?何か知っているの?」と鳥丸さんは涙の溜まったジトっとした目が僕を見上げた。

 う…優等生だけに頭の回転が早い。いきなり鋭い事を言う。

「いや、そんな理由は何もないけど、毎回何とかなっているし」

「何を言っているのよ!!最初は病院送りだった!!」

「うーん。まあ、そうだね」

 落ち着いてもらおうと、雄二はポケットから出したティッシュで鳥丸さんの涙と鼻を拭いた。

「あびがとう」

 顔を真っ赤にして鳥丸さんは下を向いた。どうやら恐怖で麻痺していた恥ずかしさが込み上げてきたようだ。二秒ほど固まっていたが、意を決したのかがガバッと顔をあげ、「行くなら一緒よ」と言って腰のベルトループに指を入れた。どうやら置いて行くのは無理なようだ。

「じゃ、行くよ」

 まずは校門の内側から外を見る。やはり僕の予想通りそこには涼海さんとリリィがいて、僕たちが戦った時の事をああでもないこうでもないと話している。

 問題なのは鳥丸さんが彼女たちの声が聞こえると言っていることだ。考えて見れば前回も前々回も鳥丸さんは怪異がいると気づいていた。僕の感覚がずれていて何とも思わなかったが、彼女はナチュラルに怪異が『見える』体質なのだ。ここは女性の声が聞こえなくなったというところで場を収めよう。

 僕は鳥丸さんに見えないように口に人差し指を立てて校門の影から顔を出した。

「あ、雄二くんだ。あれ何の意味かな?」といち早く雄二に気づいた涼海さんがリリィに聞いた。

「私たちに黙ってほしいのではないでしょうか」と冷静にリリィが言う。

「何で?」

「後ろの女性に霊感があるのではないでしょうか?」

「あ、ちょっとあいつ雄二くんにくっついてるよ!!許せない!!」

「あ、ちょっと!!」

 リリィの制止を振り切って、鈴海さんは僕の目の前へとやってきた。どうやら火に油をそそぐ結果となってしまった。

「ちょっと!!雄二くん!!誰よ、この女!!」

 あれ?何故、涼海さんが怒っているの?

 すると、僕のベルトループが思い切り引っ張られた。鳥丸さんは僕に校門の裏に戻れと言いたいのだろう。

「ひぃ!!何か怒っているよ!!」

「まあまあ。僕には何も聞こえないよ」と言いつつ。僕は手を振って鳥丸さんは何でもないとジェスチャーした。しかし、生きていた時代の違う涼海さんにはそのジェスチャーが通じない。

「ふん。そこの女。人の男を盗るとどうなるのか教えてあげるわ」

 涼海さんは今まで見たこともないような怒りの表情で手印を作り始めた。これはまずいやつだ。今までのどの術式よりも圧倒的な力を感じる。

「ちょっと凪ちゃん!!そんな悪霊降伏の術式を使っちゃダメよ!!」

 慌てて飛んできたリリィが全身を使って鈴海さんの口を塞いだ。涼海さんの上唇と下唇はリリィの小さな身体に挟まれて動かない。

「&%$%’%#’&#!!」

 それでも涼海さんは、よく分からない言葉を勢いで叫んだ。ただ術式は発動しなかった。そして、リリィは涼海さんの耳へと飛び、何かを呟いた。何度か頷くと、涼海さんが少し落ち着いて喋るのをやめた。リリィのファインプレイだ。

 とは言え、涼海さんの目はまだ怒っており、口を膨らませながら僕の後ろの鳥丸さんを見た後に僕を見た。僕が目でありがとうと言うと、それ以上は何も言わず校門の上に座って明後日の方を向いてしまった。

 ふう。これでもう鳥丸さんに涼海さんの声は聞こえない。

 一回校門の後ろに隠れて、鳥丸さんが落ち着いたところで校門の外へと出た。

「どう?まだ聞こえる?」

「あれ?もう何も聞こえない。もうどこかに行っちゃったのかな?」

「さあ?僕には何も聞こえないから分からないよ」と惚けたものの、涼海さんの視線が突き刺さっているのでこれ以上の事は言わないようにした。

「もう暗いけど、鳥丸さんは塾大丈夫なの?」

「あ!!そうだ!!早く行かなくちゃ!!」

 鳥丸さんは腕時計をチラッと見た後、僕に隠れながら用心深く道路を見た。そして、もう何も聞こえないと確信すると、「ねえ志田くん。絶対この校門おかしいよ。お祓いしてもらった方がいいよ」と言った。

「そうかもね」と言っておくが、最早、ここに集まってくる怪異及び人々はお祓いが効くようなレベルを通り越しているので無意味だろう。

 声から解放された鳥丸さんは、僕の手をもの凄い力で掴んでいた事に気づき、恐ろしい速さで手を離した。顔を真っ赤にして息を荒くしている。

 すると、間の悪い事に剣道部顧問の石津が向こうからやってきた。僕と鳥丸さんを見ると、やはりニヤッと笑った。

「お前らさあ、もっと違うところで会えよな」

 石津の言葉に、茹で蛸状態になった鳥丸さんは、さらに息を乱し、「うわぁ!!はあはあ…じじじ、じゃ、私、塾に行くね。あの…私、あの…その…えーと、その、なんだ、だから、その…色々ありがとう…」と両手で顔を押さえながら猛ダッシュして暗闇に消えた。あの速さなら100メートル走で12秒台が出ると思う。

「追いかけなくていいのか?」

「はい。問題ないです」

「志田はクールだな」

 石津はウンウンと何度か頷きながら「青春だな」と呟くと、「じゃあな」と言って駅の方へと歩いて行った。

 校門の前には、僕と涼海さん、リリィが残された。何だか、色々と置いて行かれた感じがする。僕は校門の上を見て、不機嫌そうな顔を崩さない涼海さんに呼びかける。

「ふう。危なかった。涼海さん。もう話していいよ」

「ふん。まったくいか好かない女ね」

 まだご立腹のようで、鳥丸さんの走って行った方を睨んでいる。

「志田さんも悪いんですよー」とすかさずリリィも言う。このリリィのねっとりとした口調はどこから来たのだろうか?そして、僕が悪いような事になっているのは何故なのか?

「いいですかー。志田さんの脇が甘いから女の子が沢山集まってきちゃうんですよー」

 このリリィのキャラ変にすら付いていけない僕は「ええ!!何もしてないよ!!」と言うしかなかった。

「まったくもうー、女の子というものを分かっていませんねー。態度の一つ一つが優しすぎるからさっきの女の子みたいにー、勘違いされちゃうんですよー」

 手のひらサイズのリリィが大きく見える。何だろうこの居心地の悪さは。

 直接好きだとも言っていないのに何を勘違いすることがあるというのだろうか?まあ、これだけリリィが言うのだから気をつけなけなければいけないのかもしれないが…何をどう気をつければいいのかいまいち分からない?

「さ、帰りましょう」

 ちょっとキツめにそう言うと、涼海さんは、ズボンにしまってある僕の尻尾を掴んで引っ張った。このまま寄り道しないように僕を家まで引っ張って行くようだ。涼海さんにズルズルと引きずられるように僕は家へと向かった。


 風呂と夕食が終わると部屋に戻り、早速会議だ。昨日も色々と皆で話したが、頭の中で少しまとめた事を皆に話す。

「僕は受験があるから成績を落とさないようにしたいんだ。完全には無理だけど、学校で習った事を暗記して帰ってからはおさらい程度で済むようにする。そして、学校終わりの一時間ほど源相さんに仏教式の呪術を習って、家では涼海さんに神道式の呪術を習いたいんだ」

「ようやく陰陽術に目覚めたのね。これからは私が嫡妻として手取り足取り教えるね」

「ちゃくさい?」

「正室のことです」とリリィがぼそっと教えてくれる。何でそんな事を知っているのか?この二人は不思議な知識を持っている。

 一連の話しを聞いていたヒメウツギも姿勢を正して「雄二さま。尻尾の強化もお忘れなく。最後は九尾の狐さまの力をどれだけ扱えるかで結果が違ってきます」と言う。

 確かに僕の力の源はこの黒い尻尾だ。少しずつだけど尻尾の力を解放できてきているのはプラス材料ではある。

「リリィの身体を取り戻すためにできるだけ頑張るよ。ねえヒメウツギ、尻尾の力ってまだまだ上がるんだよね?」

「もちろんです。本来の九尾の狐さまの実力から考えれば、雄二さまの尻尾の力はまだまだ一合目と言うところです」

「まだ一割か…ここは伸び代があると考えてもっと頑張るよ。リリィも何かあったらすぐに言ってね」

「うん。ありがとう」

 リリィはペコリとした。彼女もかなり打ち解けてきたように感じる。

 すると、スマホが鳴った。見れば公衆電話からの着信のようだ。

「はい。志田です」

「夜分遅くすみません。丹禅寺の原相です。本日ようやく笠間市に着きました。これから宿を提供してくれるお寺へと向かいます。詳しい事は明日お話しします。都合のいい時間と場所を指定して下さい」

「わ、分かりました。よろしくお願いします。えーと、時間ですよね…部活が終わってからお願いしたいので、18:00に笠間稲荷の前でどうでしょうか?」

「承知しました。まあ、稲荷神社の前なら邪に対する結界もありますしいいかもしれませんね。では、その時間に笠間稲荷へと参ります。では」

 源相はそう言うと電話を切ってしまった。


 さあ、とうとう明日から本格的な特訓が始まる。僕は心の中で気合を入れた。

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