第18話 想具

 蝉丸の事が一段落して、数日が経った。肩の怪我も癒え、学校も生活も普段通りに戻りつつある。きのう医者から傷が完全に塞がったから動いても良いと言われたので、ようやく部活も解禁だ。これで最後の大会の予選には間に合いそうだ。

「めーん!!」

 久しぶりの掛かり稽古(試合形式の稽古)で、足をドンっと踏み込み、面が決まった。思い切りが功を奏したと言える。後輩の鈴木が悔しそうに上を向いた。幾ら学年が上でも、休み明けの一発目でやられるとは思ってもみなかったのだろう。

「先輩。本当に入院していたんですか?」

「肩の傷見ただろ?あの傷で入院しない方がおかしい」

「はあ…もう一本お願いします」

「よしっ」

 気を取り直してまた稽古を再開する。鈴木の後は同じく中二の女子の後藤さんだ。リハビリには丁度いい。いきなり同学年の主力とやるにはまだ試合感が戻って来ていない。

 鈴木、後藤と掛かり稽古をして少し戻って来たなというところで、団体戦の先鋒をしている真田信二が俺を呼んだ。

「よし。志田やろうぜ」

「もう少しリハビリしたいけど、まあやってみようか」

「普段なかなか勝てないから、今日は本気出すぜ」

 真田はやる気がみなぎっている。どんな相手でも気が乗っている時は強い。特に剣道は気合い負けした段階でその相手には絶対に勝てない。

 真田は先手必勝と言わんばかりに仕掛けてきた。

 中心線を取られなければ決められる事はないが、こちらの攻めも一歩遅れる。真田の打ち込んできた竹刀を払い、スピード勝負で負ける訳にはいかないとこちらも打って出たが、いかんせん身体がついていっていない。コンマ0.5秒の差だが真田の動きが速く、見事に小手を決められた。

「うわ。やられた」

「おお!!やった。久々に一本取ったぜ!!」

 真田はガッツポーズをして喜んでいる。練習なので問題ないが、本番の試合でガッツポーズをした場合、相手への敬意が足りないとされて一本は取り消される。

 こちらも汗が出て動きも良くなってきた。もうこんな形で取られはしない。

「よし。もう一本行こう」

「おう!!」

 次からはもうこちらのペースだ。身体の使い方、スピードも以前の感覚に戻ってきている。その後は真田に一本も取らせず、逆に三本取ってやった。

 真田は「うがあー!!もう少し勝たせてくれよー」と文句を言って、次の相手と交代した。


 ほぼ二週間ぶりに部活をしたので、身体の節々が痛い。これは筋肉痛になる兆候だ。


 久々にいい汗かいたなと、雄二は学校の校門へと向かう。

 もう日も暮れている。皆に迷惑かけた手前、最後の掃除と鍵締めを引き受けたので、帰りは僕一人だ。

 すると、校門の脇で外を見ている私服の女の子が見える。何かのデジャビュかと思うが、あれは間違いなく鳥丸さんだ。塾のカバンを背負っているので、塾へ行く途中だったのだろう。

「と、鳥丸さん。何をしているの?」

「あ、志田くん。なんだかまた変な音がする気がするのよ」

 鳥丸さんは振り返ると、恐怖のあまり泣きそうになった顔で僕を見た。歯がガチガチしており、顔色も青い。

 この道で塾に行かなければいいのにと思ったが、考えてみれば、鳥丸さんの家からだとどうしてもここを通らなければ塾へは行けない。

 僕は鳥丸さんの言う変な音に耳を澄ました。

 すると、僅かに妖気を感じる。そして、金属がぶつかったような音がした。音も状況もあの時と酷似している。嫌な予感しかしないが、僕は鳥丸さんに下がってもらい、校門に隠れて道路を覗いた。

 前回同様、そこには妖と戦う涼海さんがいた。手印を切りながら宙に浮いたまま怖い顔をしている。鈴海さんを怒らせるとあんな顔で怒られるのだろう。

「もう!!今度こそ許さないんだから!!」

 そう言いながら涼海さんが何かの術式を放った。

 涼海さんの陰陽術式が飛んだ先には、またもやもやした黒い何かがいた。先日の黒い煙の妖ではないようだが、なんとなく雰囲気が似ている。

 まずいなあ…と思いながら直ったばかりの校門が再び破壊されないことを祈る。

 僕はひとまず鳥丸さんのところへと戻った。

「どうしようか?また何かがいるような気がするけど、見えないね」

「そそそ、そうなのよ。この前も音はしたけど何も見えなかったのよ。今日も何も見えないけど、音だけはすごいのよ!!」

「うーん。困ったな。また先生を呼んできてもらえる?」

「やだよぅ。志田くんも一緒に行って。また志田くんが大怪我したら大変だし、そそそれに、こここ、怖いのよぅ」

 涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにした鳥丸さんは僕の手を離さない。これ以上ない程手を強く握っているので、手が痛いくらいだ。こうなると普段の勉強できますオーラは微塵も感じない。

 でも、この展開は困ってしまう。

 まず、人のいるところで尻尾を出せない。そして、このまま涼海さんの手助けができないのはまずい。涼海さんが生前何をしていたのか未だによく分からないが、あの術式であれば負ける事はないだろう、でもそれは一対一の場合だ。もし今回に限って妖が何体もいたらまずい。

 仕方がないか…

 僕は鳥丸さんに気づかれないように尻尾を出して、尻尾の匂いを強く出した。ヒメウツギも涼海さんもこの匂いをかぐとうっとりとしてそのうち寝てしまう。こんな時に、相手が人間で匂いが効くのかは微妙だが、やってみる価値はある。

「あれ、何か甘い匂いが…」

 あれだけ取り乱していた鳥丸さんが落ち着いた。この尻尾の匂いはすごい。すると、鳥丸さんの目が閉じてきた。眠くて仕方がないのだろう。この匂いには睡眠効果があるのかもしれない。鳥丸さんの頭がぐらついて倒れそうになったので、僕は慌てて鳥丸さんを抱き抱える。鳥丸さんは完全に寝てしまったようだ。アスファルトの上で申し訳ないが暫く寝てもうしかない。

 僕は、ゆっくりと鳥丸さんを地面に寝かせ、鳥丸さんのリュックを枕がわりに頭の下に敷いた。

 ガキィイイイッ!!

 校門の外で一際大きな金属音がした。二本の棍棒を思いきりぶつけ合ったような音に背中がゾワっとする。僕は急いで校門の外へと出た。

 見た光景に思わず声が出そうになった。

 涼海さんが大きな棍棒を持って、黒い妖の棍棒と撃ち合いをしていたのだ。あの音は本当に棍棒で撃ち合う音だったのだ。

「ち、ちょっと、涼海さん!!どうやってその棍棒を出したんですか?」

 涼海さんは空中で一回転すると、僕の横へと華麗に着地した。体操なら10.00だ。そして、重そうな棍棒を手首を回して一回転させると、剣道のように構えた。

「うふふ。霊も妖も上位になると出したいものを具現化できるのよ!!」

「ええ!!」

 この衝撃の発言には驚く他ない。

 本当かよ?と思うが、実際に妖も涼海さんも棍棒を振り回している。涼海さん程の霊になると物理的なものではないが、霊の世界でのみ通用する物を作りあげられるのかもしれない。

 それよりも僕も戦いに入っていかなければならない。僕もヒメウツギから教わった中国武術に倣って右手を前に構えた。剣道を含めて世の中の武術、格闘技のほとんどが左構えなのでやはり違和感がある。

 戦いの準備が整ったところで、僕は肝心なことを聞いていなかったのに気づく。数メートル先で激しい殺気を放っている妖を指差して涼海さんに聞いた。

「で、あいつは誰なの?」

「うん。多分『犬』の手先。私たちにとことん嫌がらせする気だよ。雄二くんに普通の生活をさせないように仕向けているのよ。しかも部下をちょっとずつ小出しにしてくるところがいけ好かないわ」

「なるほど…」

 涼海さんの分析は的を射ていると思えた。

 まだ見ぬ『犬』はかなり狡猾で頭の良い妖のようだ。自分は前面に出ずに、こうして何度も僕の生活を妨害することで、僕の生きる気力を削いでいく算段なのだ。一人であれば根負けしたかもしれないが、僕にはヒメウツギと涼海さんがいる。そんな事には負けないぞと、心に火を灯す。

 涼海さんはそんな僕に「いい眼だね。じゃ、雄二くんも力がついてきたから、私と同じように武器を創ってみようよ」と言った。

「え?武器を?」

「そう。上位の霊や妖との戦いをするには、頭の中に浮かんだ物を創り上げる力も必要になってくるの。昔の陰陽師の中には、山のように巨大な怨霊を消し去る想具を作れる人もいたのよ」

「想具?」

「うん。想像の想に道具の具で想具。霊力と想像力で創り上げる、対妖怪用の武器よ!!」

 自分が妖怪の力を使っているのに対妖怪用の力とは矛盾している気もするが、ああして目の前の怪異も棍棒のような物を作っている。要は立場の違いだけなのだろう。人間も妖怪も同じ原理で想具を創っており、あちらの立場だと対人間用の武器となるのだ。

「具体的にはどうすればいいの?」

「自分の好きな武器を思い浮かべて手に持たせればいいのよ!!」

 出た。天才型の悪いところだ。

 自分にできる事はみんなできると思って説明を端折るのだ。ようやく尻尾の力を解放できるようになってきたばかりの僕に、そのアドバイスだけで武器を作るのは極めて厳しい。

 それを聞いてか、敵が攻撃を仕掛けてきた。

 真っ黒な闇の衣に身を包んだ妖は、自らが創り上げた大きな棍棒をぶん回して攻撃してきた。風が渦巻くような音を上げながら棍棒が僕たちへと振り下ろされる。当たれば即死だ。僕と鈴海さんは逆の方向へと飛んだ。間一髪で棍棒を躱せたが、あろうことか棍棒は直ったばかりの校門に当たって、校門の上部が砕け散った。

「あ”〜〜!!なんてことを!!」

 こうなると、誰かがここに来て、僕しか見えない状況では、校門を破壊したのは僕ではないかと疑われてしまう。おまけに、前回と違って鳥丸さんは寝てしまっているので証言してくれない。

 黒い衣を纏った妖が若干笑ったような気がした。こいつはわざと校門を壊したのだ。さすがの僕も頭に血が上った。怒りは心の中の何かの沸点を上げて、何かの限界を越える作用があるのかもしれない。

 僕は心の中で竹刀を想像した。あいつの頭に面をくらわせてやりたいと思った瞬間、僕の手に何かが生成されるのを感じた。

「おお!!さすが!!もうできたの?私なんか二十年以上かかったのにぃ」と何故か涼海さんは僕の剣を見てむくれた。やはりむくれ顔の方が可愛い。

 手の中に出来た竹刀?のような剣は、ボワっとしたもので剣というよりは棒のような感じだが、まさに三尺八寸の長さで、通称38サイズのいつも使っている竹刀の長さだ。これなら一足一刀の間合いも分かりやすいし、あの黒い妖怪の身体のどこにでも容赦無く叩き込める。

 いつもの剣道の構えでもいいが、ヒメウツギに習った中華式の構えがここにきて生きてくる。何しろ右構えは対武器を想定して編み出された構えなのだ。ここからは剣道というよりもフェンシングの要領で戦う事になる。

 黒い塊が漣のように揺れた。

 いきなり武器を創った僕を警戒したのかもしれない。

「うふふ。向こうもビビったわよ。まずはあいつの衣を剥がしましょう」

「え?あれ衣なの?」

「うん。本体を隠すためと私たちの攻撃のクッションのために作られた衣よ。この前の奴は普通に煙だったけどこいつは違うよ」

 その違いがまず分からないのだが、とりあえず武器を当てれば分かるだろう。

 僕は右構えのまま、黒い靄のかかったような妖の方へと出た。ジリっと間合いを詰めると、相手も警戒しながら棍棒を構えた。この妖は左構えだ。つまり、踏み込んだ一撃を当てるのではなく、フワッとした打撃を打ち込むだけならこちらの方がはるかに有利だ。

 この状況を理解した涼海さんが、まずは踏み込んでくれた。棍棒をぶん回して妖へと撃ち込むと、妖も棍棒でその一撃を受けた。鉄工場のような激しい音がして、黒い妖と涼海さんは棍棒で鍔迫り合いを始めた。妖の集中は涼海さんへ行っている。この隙を見逃す手はない。

 雄二はとにかくスピード命で、創ったばかりの棒で妖の肩あたりを突いた。左突きよりも当たる範囲が広く感じる。妖も素早く避けたが、一瞬速く僕の剣が妖の肩に当たった。それほど力を入れていないのに、剣はズブっと妖の肩へと入って行く。柔らかい餅に爪楊枝を刺したような感じだが、剣は妖に傷を負わせたようだ。

 妖の肩からは黒い煙のようなものが上がると、棍棒を捨てて肩を庇い、大きくジャンプして後ろへと下がった。しかし、涼海さんは妖の動きに合わせて追走していた。妖が着地すると同時に、振り下ろした棍棒を炸裂させた。

 工場火災のような黒い煙が妖から上がる。それを見て棍棒を消した涼海さんは、身長の半分はあろうかという大きなうちわを創り、妖へと盛大に風を送った。風で黒い煙が飛ばされると、妖を覆っていた黒い衣も剥がれた。


 僕と涼海さんは、一瞬その姿に固まった。そこには、予想だにしていない者がいた。

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