第14話 モヤモヤ

 僕は兎に角必死に警察への言い訳を考える。

 時々涼海さんも、侍に襲われたことにすれば?とか葉隠忍者のクナイにやられたことにしようよとかアドヴァイスをくれるが、無論そんな話しは現代の警察には通じない。


 考え疲れたので、僕は再び頭を枕の上に乗せて横になった。

 鈴海さんも話し合いが完全に止まってしまい疲れたのか、いつものように僕の横に添い寝した。僕は身体をベッドの端へとずらして涼海さんのスペースを作る。涼海さんはできたスペースへ身体を捩じ込んだ。しばらくすると涼海さんの寝息が聞こえてきた。驚くべきことに鈴海さんは幽霊だがきちんと睡眠をとるのだ。人間の時からの習慣だからと言うが、本当に寝られるのがすごい。ただ、僕は幽霊に睡眠が役に立つのかは微妙なところだと思っている。


 静かだ。もうこの部屋には涼海さんの寝息しか聞こえない。

 僕に気を遣ってか警察の部屋へは入ってこない。聴取は明日の朝になる思うが、時間は残り少ない。時計は午前三時を指している。ここまで何も浮かばないとは思いもよらなかった。

 通り魔をでっち上げる訳にもいかないので、もう何も見ていないし、いきなり切りつけられたで通すしかないのかもしれない。対策本部を立てて、いるはずのない通り魔を調べている警察に申し訳ない限りだ。取り調べで、犯人は妖ですと言えば言ったで、僕は違う病院に入れられてしまうだろうし、あまり適当な事を言って整合性が取れないと狂言まで疑われてしまう。ああ、何て難しい舵取りなんだろう…

 中学生の頭ではこれが限界なのかもしれない。もっと人生経験を積んで、世の中の仕組みがわかってくれば違う対処もできるかもしれないが、それはタイムリープでもしない限り無理だ。


 何か僕に有利な事はないだろうかと考えてみると、一つある。


 さすがの警察も普通の中学生が校門を破壊したとは思わないだろう。変な音がして校門がいきなり壊れたと鳥丸さんも警察に証言しているはずだ。これは強みだ。でも、銛のような何かで第三者に刺された事実は揺るがない。結局は誰かを犯人にしなくてはならないのだ。

 

 いい加減腹を決めなければならない。


 横では、「くかー」と鼻息を立てて涼海さんが気持ちよさそうに寝ている。まだ触る事はできないが、その存在は日を追うごとにはっきりしてくる。涼海さんはどんな事があっても僕のそばにいて、味方でいてくれるのだろうか?寝顔をよく見れば、やはりかなりの美人だ。

 余計な思考が混ざってくる。

 慌てて僕は涼海さんと逆の方向を見た。真っ暗な中、ナースコールボタンだけが妙に明るく照っている。僕は掛け布団を首元まであげて目を瞑った。布団の心地よい暖かさに反比例して僕の心の中は寒い。


 雄二は横向きの体勢を仰向けにした。今後はこんなことがないようもっと勉強しなくちゃと思う。


 この現代に妖がいると信じる人間は、源信さんなど一部の例外を除けばいないだろう。最近読んだ本によれば、街があまりにも明るくなってしまった事で、現実と異界の境目が昔よりも曖昧になってしまったそうだ。闇の少ない現代では妖の類の話が作られる事は稀だ。

 妖の話しは遠い昔の話なのだ。

 それでも、僕に尻尾のことがあるので、うちの家族だけは妖に襲われた可能性を感じているだろう。お母さんは、必死にその可能性を脳内否定していると思うが、父はそうだと思っている感じがする。

 重いことを考えたせいか胸が重い。いや?本当に重いのか?陰鬱になりすぎたのかもしれない。それにしても重い。

 息が苦しくなり、僕は目を開けた。すると僕の胸の上にヒメウツギが座っていた。重いはずだ。

 僕はヒメウツギを抱っこして膝の上に移動させた。涼海さんと違い、ヒメウツギは九尾の狐の遣いだからなのか初めから触れた。モフモフ具合が自分の尻尾並みなので思わず顔を埋めたくなる。

「いつ来たの?」

「たった今です。何やら表情が冴えなかったので心配しました。意識が戻ってよかったです」

 ヒメウツギは心底安心した顔をしてくれた。この顔を見ると心底安心する。最早家族のように感じる。

「何度も遣いを送ったのですが、この女が不穏なことばかり報告してくるので、気が気ではありませんでした。肩に傷を受け、負の気が入り込んでしまったと報告を受けた時は心臓が止まるかと思いました」

「大袈裟だよ」

 ヒメウツギは怖い顔をして、僕の頬に両手を付けた。

「大袈裟ではありません。事実、雄二さまは二日間目を覚ましませんでした。かなり危険な状態だったと認識してください。まあ、この有り様では、ろくな報告を上げなかったとは言え、この女もかなりの心労だったのでしょう」

 ヒメウツギが呆れながら見る視線の先には、涼海さんが口を開けて「ぐがー」と寝ている。安心していつもの涼海さんに戻ったと言える。

「ヒメウツギは何をしていたの?」

「はい。あのレベルの怪異が現れたならば、何か前触れのようなことがあったのではないかと情報収集しておりました。あの時はこの女がいたので対処できましたが、今後のために対策を立てなくてはなりません」

「確かにそうだね。あいつかなり強かったよ」

「殺生石に封印された九尾の狐からはまだ復活の兆しを感じません。それにも関わらず夜になるのを待ち、通常では考えられない力を持った妖が出てきたのは非常に問題です。そこで、先ほども申しましたが、我々の情報網を使ってその兆候を調べました。各地の稲荷神社、豊川稲荷などの狐にも呼びかけました」

「神社と豊川稲荷は何が違うの?」

「神道系とお寺の違いです」

「なるほど」

 と言ったものの、僕は神社と寺の何が違うのかいまいち分かっていない。退院したら、学校の図書室か図書館で調べよう。最近、涼海さんやヒメウツギの話しを聞いていると、もっと日本の歴史について知らなければならないと感じるのだ。昔の人が肌で感じていた感覚が分かれば、尻尾の力の解放に役立つはずだ。感覚的に思うのは、涼海さんが生きていた時代の人々は、僕たちよりも闇や死や霊的な感覚を近くに感じて生きていたということだ。だから、知らなければならないのは、学校で習う通り一遍の歴史ではなく、もっと根源的なもので、自分でも何と言っていいのか分からないが、この国を形成する根幹のようなものが分からなければいけない気がする。

 ヒメウツギは外れた話を元に戻す。

「各地の狐たちは九尾の狐の気は感じないが、ここ数日、狐ではない動物の妖の気を感じるという報告を上げてきました」

「狐以外の動物?」

「はい。九尾の狐が当時の朝廷の軍隊と伍したのは、本人が強いこともありますが、手練れの部下がいたからです。彼らはほぼ全員動物の妖で、その幹部連中は恐ろしいほど強く、それぞれに軍団を持っていたと言います。我が主が言うには、白い九尾の狐は、『獣狩り』にやられた際、幹部たちを自分の中に取り込みました。そして、再び復活して源翁心昭と戦った際、自身の封印と引き換えに、源翁心昭の隙をついて幹部たちをそれぞれ日本の他地方へと飛ばしたと言います。ですので、その幹部連中がここに来て茨城に集結してきたのではと懸念しています」

 ヒメウツギの肩に力が入った。これは本気でまずい事態なのかもしれない。

「我々もなりふり構っていられませんので、茨城県中の稲荷の力を総動員して情報を集めます」

「うん。分かったよ」

 とは言ったものの、これは通り魔に気を向けている場合ではないかもしれなくなった。次から次へと難題が持ち上がってくる。僕は一体何をどうすれば良いのだろうか?


 結局、僕の頭の中はさらにモヤモヤとしてしまった。時間は待ってくれない。現実がどう転んでいくのかが見通せない。


 僕の前には二人の刑事が立っていた。ハンチング帽を被った中年の方が脱帽しながら挨拶する。白髪の目立つグレーの髪は一度見たら忘れない。痩せぎすの若い刑事はメモ帳片手に老刑事の後ろに立っている。

「おはよう。よく眠れたかね?私は茨城県警刑事の河野と言います。二、三質問したいことがあるので、答えてほしい」

「分かりました」

 そうは言ったが、結局、彼らに話すことは何も決まっていない。

「まず、あの時の現場に犬はいたかね?」

「い、犬ですか???」

 いきなり突拍子もない質問が来て僕は焦った。僕を揶揄っているのか、それが本当に重要な情報であるのか区別がつかない。この時点で主導権は刑事に持たれたように感じた。

「そう犬だよ。毛の色は黒だね」

「すみません。犬は見ていません。あそこにはいなかったと思います」

「ふむ。そうか…犬は見ていないか…」

「なんで犬なんですか?」

「ふむ。あの現場にはどういう訳か黒い犬の毛が散乱していて、その犬と思われる血が遠くへと続いていたのだ。犯人が怪我をした犬を連れ帰ったのかと思ったが、そうか…見ていないか…」

 河野はチラッと後ろを見た。痩せぎすの刑事が頷いてメモをサラッと書いた。

「では、君を刺した人間は見たかね?」

「すみません。その記憶もないのです。校門が壊れてしばらくしたら突然何かに刺されて…」

「ふむ。人間も見ていないと…」

 河野は心底困った顔をした。そしてまた後ろを向く。痩せぎすの刑事が頷いてまたメモを取る。

「では、最後に、何故君はあの現場に残ったのかね?」

「え?なぜ残ったかですか?金属をぶつけるような変な音がして、いきなり校門が壊れたから何が起きたのか見ようと思ったからです」

「ええと…鳥丸さんだったかね。君の同級生の…彼女が言うには一緒に逃げたかったけど、何故か君が現場に残ったと言うのだね。その『何故か』を私は知りたいのだよね」

「いえ、ですから何故あんなことになったのかを見る必要があると思ったからです」

「ふむ。私はね。普通、ああなったらたまたまあの現場にいた鳥丸さんと一緒に逃げると思うんだよね。もう一度聞くよ。何で君はあそこに残ったのかね?」

 この刑事は何か知っているのだろうか?それとも、僕の犯行だと疑っているのだろうか?おそらく後者だ。犯人の痕跡が全くないのに、校門は壊れているし僕は何も見ていないと言う。自作自演だと思っているのだ。

 僕はじとっとした汗が背中を伝ったのを感じた。

 河野という刑事は淡々と聞いてはいるが、目は全然笑っていないし、妙な迫力がある。後ろの刑事もひたすら何かをメモっている。

 病室内は一種異様な雰囲気になった。

 二人の刑事は僕を見下ろすようにして静かな圧力をかけている。僕のベッドの脇には涼海さんとヒメウツギが立ち、この二人の刑事を睨んでいる。一見、一触即発だが、お互いに見えてはいないので喧嘩になることはない。

「何かあってもいけないので、鳥丸さんを逃がしたいというのもありましたし、何が起きているのか確かめるために残ろうと思いました」

 河野は僕の目をじっと見た。僕もそれを見返した。しばらくそうしていると、河野が目線を外して後ろを見て頷いた。痩せぎすの刑事も頷いて、メモ帳を服の内ポケットへとしまった。

「ありがとう。質問は以上です。因みに君の家は犬を飼っているかね?」

「え?飼っていません。何故ですか?」

「うーん。これは他の人に言わないで欲しいんだけど、茨城県内で様々な施設や車両が壊されていてねえ。そこでやたらと黒い犬の毛が見つかるんだよ。だから、我々は犬連れの人間を探している。若し何か思い出したらすぐに私に連絡して欲しい。今のところそれらしき人間を見た可能性があるのは、志田くんだけなんだ」

 河野はそう言うと、恭しく挨拶して部屋を後にした。


 彼が最後に言った犬の毛の話は本当だろうか?


「あいつ嘘は言ってなかったね」

 涼海さんがヒメウツギに聞く。

「そうだな。嘘は言っていない。となるとあの現場にも『犬』がいたのか?」

「うーん、どうだろ?私は『黒い煙の妖』の他は見ていないよ」

「そうか…」


 病室は静かになった。

 僕はそこはかとなく不安な気分になっていた。『犬』とは何なのだろうか?僕のモヤモヤは否応なく増殖していく。

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