第11話 新手
中二の冬はあっという間に過ぎ去った。雄二は尻尾の特訓、剣道、勉強と頑張った。
分かってはいた事だが、中学三年生というのは忙しい。
特に剣道部で主力の僕は、授業の後の稽古をしっかりとしなくてはならない。最近は尻尾のおかげか相手のやりたいことが手に取るように分かるため、打ち負けることがない。ただ、いきなり強くなると色々憶測を生む。だから不本意ではあるが、部活内の稽古では今までと同じくらいの勝率にしている。
「雄二さあ、最近動きいいよな。あれなら推薦もらってどこか行けるんじゃないか?」
同学年の今野くんが、手拭いで髪をゴシゴシ拭きながら聞いてくる。
「いや、僕は県立に行きたいから私立は考えてないよ」
「そういや、雄二、頭いいもんな。いいよなあ。俺は剣道で水戸キョーに何とか転がり込めればいいなって感じ」
「今野なら行けるだろ」
今野は団体戦では常に大将をやっている。大将は強いことは勿論、負けない技術が必要なポジションだ。剣道は二本制なので、一本勝ちということもある。混戦になるとたった一本の差で大将勝負となることも多い。そうなると、勝てないまでも負けない奴が必要になってくる。だからなかなか負けない今野のような奴は非常に大将むきで、剣道の強い学校には重宝される。
「うーん。本当は勉強で行きたいところを決めたいんだよなあ。大学だってあるしな」
「でも、僕は剣道で推薦される事は多分ないから、勉強で頑張るしかないよ」
「ま、最後の大会も近いし、勉強も剣道も頑張っていかないとな」
「そうだね」
そんな会話をしているうちに着替えが終わる。袴をハンガーに掛け、胴着をカバンにしまうと更衣室を出て、防具を乾燥に適した場所に置く。皆が道具を部室に置いたのを確認して鍵を閉める。
「先生。部室の鍵です」
職員室に赴き、剣道部の顧問で体育教師の石津に鍵を渡す。石津は鍵を受け取ると机にしまう。
「おう。お疲れ。ええと、志田は公立受けるんだよな?」
「はい。県立高校を受験しようと思っています」
「そうか。まあ、お前の成績なら大丈夫だろう。部活と勉強を両立させるのは大変だと思うけど、頑張れよ」
「はい。ありがとうございます」
石津にさようならの挨拶をして、雄二は校門へと向かう。あたりはもう真っ暗だ。コンクリートで固められた道を小走りする。校門の前に涼海さんがいるはずだ。
彼女は外に出るのが好きな珍しい霊だ。霊というのは日中あまり動かず、霊力の高まる夜になると活発に動き出すのが普通らしいのだが、元々霊力が高いせいか、日中・夜間に関わらず出かけるのが好きなのだ。いつだったか、気配を感じて振り向くと、教室の後方で授業を聞いていた。家に帰ると、数学というものは為になるなあとしきりに感心していた。
もうみんな帰ってしまったので、剣道部で学校にいるのは僕だけだ。
頼りなげな電灯が肛門を照らしていて、そこに髪の長い女性が立っている。私服なので、この学校の生徒ではない。この学校はありふれたブレザー制服なのだ。
長い髪の女性は、校門の影に隠れて外を覗いている。
「何しているの?」
僕はその女性に声をかけた。振り向いた女性は涼海さんではなく、同じクラスの鳥丸佳代子だった。
「あ、志田くん!!よかった」
鳥丸は心底安心した表情を僕に向けた。一体何があったというのだろうか?
「あのさあ、私、塾に行こうとしてそこ歩いていたら、いきなり金属がぶつかるような凄い音がしたの。で、音が聞こえた方を見たけど誰もいないし、何もないのよ。怖くなってここに隠れてたけど、音がまだするのよ」
金属がぶつかるような音か…何となく想像はつくが、僕が尻尾を出して応戦する訳にはいかない。ここであんな姿を見せては学校にいられなくなるってしまうし、ここまで隠し通してきた努力が完全に潰えてしまう。
「ちょっと代わって」
僕は鳥丸にどいてもらい、校門に隠れながら学校の外を見た。
すると、宙に浮いた涼海さんが盛大な術式を展開しているところだった。あれだけ大規模な術式は今まで見たことがない。術式を向けているのが敵だとすれば、かなりの奴がそこにいる可能性が高い。
涼海凪は、中指を二本立てて手刀を作り、空中に何かを描きながら何かを唱える。瞬間、涼海から中空へと何かが飛んでいった。すぐにガキッという金属を思い切り叩いたような音が響いた。
暗い上、かなり高い場所なので何が起こっているのか分からないが、相当な力と力がぶつかっている印象だ。
「ね、凄い音でしょ?」
鳥丸は僕に抱きつくようにくっついて恐る恐る外を見ようとした。
こんなところを誰かに見られたらあらぬ噂が立ってしまう。しかし、今はかなりの緊急事態。現状把握が大事だ。
また、ガガガッという音がした。すると、涼海さんが宙から降りてきた。地面に降り立つと同時に後ろへジャンプして間合いを取る。すると、地面に何か大きなものが着地したような音がした。
これは…
さすがに隠れてはいられないと腹を括るしかない。
涼海さんが手刀を向ける先には、巨大な何かが蠢き、真っ赤な目を涼海さんに向けて、低い唸り声を発していたのだ。
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