第10話 『獣狩り』
丹禅寺に電話をすると、珍しく電話がすぐに取られた。
「はい。丹禅寺」と源信の声がする。
「こんにちは。志田雄二です」
「源信と申す。例の話の続きですかな?」
「はい。今日はその話が伺えると聞きました」
一瞬、沈黙すると、源信の息を吸い込む声が聞こえた。電話にも関わらず源信の緊張感が漂ってくる。
ここのところ雄二は気配に敏感になってきている。また変な動物に襲われては敵わないので、気を配っていることもあるが、尻尾を出さずとも、周りにいる生き物の動きや思考を読み取れるのだ。これは人間にも当てはまり、少しだけみんなが何を考えてどうしたいのかが分かる。誰が誰を好きかも分かるため、周りの人間関係が気になって仕方がない。
そして、電話の向こうの源信からは迷いを感じた。
ヒメウツギの言うとおり『獣狩り』は禁忌なのかもしれない。
「では、雄二殿がキツネの遣いから聞いた『獣狩り』について話し申す」
源信はもう一度大きく息をした。どれほど覚悟のいる話なのかとこちらも緊張してくる。
「まず、『獣狩り』は、歴史的に名前を抹消された戦闘員のことじゃ」
「せ、戦闘員ですか?」
「そうじゃ。九尾の狐こと玉藻前については、御伽草子という書に書かれておる。そして、その書とは別にその戦いを書いた文書があるのじゃ。それが当時の陰陽寮に眠っておった。九尾の狐との戦いに参加した、陰陽師安倍泰成が書いた書だと言われているが、今となってはその真偽は不明じゃ」
「安倍泰成?」
「有名な陰陽師の安倍晴明の子孫じゃな。彼の指揮のもと九尾の狐と戦った三人の将軍がその『獣狩り』だったと言われている」
「え?九尾の狐と戦った人間がいたのですか?」
「そうじゃ。九尾の狐はその三人の有する特別な力に敗れたとされている」
「特別な力ですか?」
「そうじゃな…何と言えば良いかの…」
源信は必死に言葉を選んで話している。『獣狩り』の真実は語られるべきでない歴史なのかもしれない。雄二はこの先を聞くのが怖くなって来た。
「まず、普通の人間が九尾の狐を倒すのは相当に難しい。ほぼ不可能と言っていいくらいじゃ。しかし、九尾の狐は日本に来てから二度人間に倒されておる」
「それはどうしてですか?」
「ふむ…」
源信は少し間を置いた。この先は相当にセンシティブな話しのようだ。
「先に『獣狩り』は歴史的に名称を抹殺されたと申したがのう。それは、もうこの世に『獣狩り』を作り出してはいけないと朝廷が決めたからじゃ。我々に伝わる文書によれば、その戦闘力は妖の如く、その知は万の兵士を動かし、将軍が三人揃えばどんな戦にも負けないとまで書かれておる。しかしてその実態は、禁呪で人間に動物の魂を憑依させて作られた戦士なのじゃ」
「禁呪…ですか?」
「いかにも。禁呪によって誕生した『獣狩り』は異形の者だったと言われておる。憑依した動物と人間が混じった半妖のようだったと伝わっている」
朝廷が歴史から抹消したくらいだ。きっとそのような人たちが本当にいたのだろう。そして、今、僕にも九尾の狐の尻尾が生えている。僕とその『獣狩り』の違いは何なのだろう?
「あ、あの…まさか僕も『獣狩り』の人のようになってしまうのですか?」
「正直に言うと、拙僧にも分かりませぬ。しかし、雄二殿は禁呪によって異形の者になったのではなく、善の九尾の狐が力を貸しておる。尻尾はあるが全身狐にはなっておらぬ。儂は『獣狩り』とは違うと考えておる」
正確なことは源信にも分からないのか…と僕は若干落胆した。ただ、『獣狩り』について少し理解できたのは良かった。ただ、異形という言葉がかなり重く感じる。
それを感じたのか源信は話を続けた。安心させる為か少し声色が明るくなった。
「源翁が九尾の狐の魂を殺生石に封じた事を詳細に語った文書が我々には伝わっておる。それによれば、当時九尾の狐の依代に選ばれた女性は、九尾の狐をその身に宿しても姿は人間のままであったと言う。恐らく雄二殿はその女性の素質を色濃く受け継いでおる。善の九尾の狐が雄二殿にその尻尾を託したのは、其方を乗っ取る為でなく、その血にかけたのだと儂は思う」
ここで、ヒメウツギが話に入ってきた。耳がいいので僕と源信の会話をずっと聞いていたのだろう。
「雄二様。一つ良いですか?」
「源信様。ヒメウツギが話したいことがあるみたいなので、ちょっとそれを聞きます」
「うむ」
僕はスマホをスピーカーモードにすると、ヒメウツギに頷いて大丈夫の合図をする。ヒメウツギは静かに話し始めた。
「雄二様。源信様の言う通り、雄二様は特別な血筋の方です。『獣狩り』は禁呪によって作られた戦士で、異形だと話が出た以上お話をしますが、雄二様がそのような異形の戦士になることはありません。それは私が保証します」
「本当?」
「はい、本当です」
ヒメウツギは目を瞑って深く頷いた。
「もう一つ。当時、源翁心昭は『獣狩り』について研究をしている人物がいると我が主人に伝えています。ですので、『獣狩り』については現代にも何か伝わっている可能性はあります」
異形にならないと聞いて少し安心したところで、僕は源信に聞いてみる。
「源信様。ヒメウツギの話では『獣狩り』の研究をしている人がいたみたいですけど、今でも研究をしてる方がいるのですか?」
「そのような話は聞いておらんのう。もしかするといるのかもしれんが…ただ、禁呪など今のこの時代に復活させてはならぬもの。『獣狩り』についてはこれ以上深入りせぬよう気をつけてくだされ」
「分かりました」
「ふむ。では何かありましたらまた電話をくだされ」
「はい。ありがとうございました」
こうして源信との電話が終わった。
スマホを机に置くと、涼海さんとヒメウツギが何かを話しているのが目に入った。
「どうしたの?」
涼海さんが僕を見て薄く笑いながら答える。
「うーん。何か源信さん本当のことを言ってない気がしない?」
「そうかな?」
「私もそう思います。『獣狩り』についてあれほど慎重に話す必要があるでしょうか?言いたくないことがあれば知らないと言えば良いのに、あの歯切れの悪い言い回しはちょっと解せませぬ」
ヒメウツギの言うことも分からないでもない。『獣狩り』についてはまた機会があれば調べてみる価値はありそうだ。
「二人とも色々教えてくれてありがとう。まずはこの尻尾の力の解放に頑張るよ」
「雄二様。その意気です」
九尾の狐が復活した時、僕が戦わなければならない。これはもう間違いのない事実だ。
雄二は尻尾に力を入れ、その力の使い方を身体に覚え込ませようと尻尾を立てた。黒い尻尾は雄二の頭の上で気高く揺れた。
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