第9話 訓練
菊祭りからすでに2ヶ月が過ぎ、中学二年生の生活も残すところ3ヶ月程となった。
部活も夏で終わりだし、受験に向けて勉強も頑張らなければならない。学校を数日休んだ事で、テストも中途半端になってしまったが、幸いな事に内申はそこまで落ちなかった。この調子で内申を維持すれば、県立高校を受ける方針でいけそうだ。
問題は尻尾の訓練だ。
勉強と訓練を両立させているつもりではあるが、心と体が結構疲れるのだ。何処かで身体が保たなくなったらどうしようかと心配になる。ヒメウツギと涼海さんは、毎日僕の尻尾の強化に付き合ってくれ、少しずつだけど高度なこともできるようになってきた。
今日は学校から帰ってすぐ宿題と復習を始めたおかげで、風呂の前に練習の時間ができた。今は涼海さんに陰陽術の基礎を教えてもらっている。
「いい?前から言っているけど、陰と陽を心の中で感じて作るのよ」
「作ったよ」
今、思い浮かべている勾玉を二つ並べたような図が果たして涼海さんの言っている陰と陽なのかは分からない。何故ならヒメウツギも涼海さんも口で説明するのが下手なのだ。二人とも、ある意味天才で、物事の理を感性だけで理解している。だからかは分からないが、理解した事を論理的に説明できないことが多い。
「何だろ?術式があまり上がらないなあ。違うのを思い浮かべてない?何度も言うけど、フニャッとした白いのと黒いのを、うりゃあ!!って転がすのよ」
言っていることの半分しか分からないが、この数ヶ月でこれ以上の説明ができない事は分かっている。何が何でも自分がその境地に到達するしかない。
「うりゃあ!」
「言葉じゃなくて、心の中で『うりゃあ!!』ってやるのよ。そうすると、白と黒が転がってバーンってなるから」
うーん。転がしてか…だとすると球状のものを思い浮かべればいいのかな?
何度かやってみたが、涼海さんは口をタコのようにしながら、両手を胸の辺りでウネウネと動かしている。やはりうまくいっていないのだろう。陰陽術は、尻尾の力とは全くの別物だということで、ヒメウツギも涼海さんの言っている事は解説できないし、理解もできないと言う。だから、一応尻尾を出してはいるが解決にはならない。
手入れが行き届き、ツヤツヤでフサフサな尻尾を頭の上で細かく動かしながら、精神を集中する。そうやって小一時間頑張ったが、涼海さんの言う事を形にはできない。本当にできるようになるのだろうかと若干焦りもあるが、感覚を理解できない事にはどうにもならない。
特訓が終わると、涼海さんが尻尾に抱きついてきた。
「うーん。いい匂い。これ最高!」
最近は鈴海さんが尻尾に触れると、その感触が伝わってくるようになってきた。ヒメウツギが言うには、少しずつだが尻尾の力を使えるようになってきているからだと言う。今は尻尾だけだが、普通に触れるようになったらどうしようかと思いつつ、僕は部屋を出てリビングに向かった。声を出した訳ではないが、精神を集中すると汗をかくので喉がカラカラになる。
階段を降りようとすると、妹の翠が後ろから「あ!また尻尾出してる!!早くしまいなさいよ!!」と叫んだ。
油断して尻尾を出していると、母と妹に怒られるのだ。
「わかったわかった。そんなに怒るなよ」
「早く!!」
妹はとにかく気が短い。反論も面倒なので、さっさとしまう。
「もう出さないでよね!!」
そう言うと、妹は自室に入って行った。
隣で涼海さんが唖然としている。いつ見ても妹の迫力に気押されてしまうようだ。涼海さんは基本的に優しい性格なので気の短い人間は不得意なのだろう。
妹がそうなるのは仕方のない部分はある。妹は母親の影響が強いのだ。母はとにかく九尾の狐に嫌悪感を持っていて、尻尾を見た瞬間、しまえ!!と激昂する。僕が戦いに赴くのを防ぎたいのだ。自分の子供が戦いに行くのを喜ぶ親はいないので、ありがたい話ではあるのだが、母の影響の強い妹は母の真似をして僕が尻尾を出しているのを発見する度に怒るのだ。妹は、言うことや仕草まで母にそっくりで困る。二人揃うと、妖怪の話し、スポーツの話し、ゲームの話しは厳禁になる。母がその手の話しは大嫌いだからだ。その話題になると妹まで不機嫌になる。親の影響力の怖さを痛感する。
キッチンでで水を飲んでいると、リビングでテレビを見ていた母が話しかけてきた。
「最近、変な和尚さんと連絡とってないよね?」
「源信さんのこと?とってないよ。それに受験勉強でそれどころじゃないよ」
「ならいいけど。あと、あまり尻尾出さないでよ」
「うん。分かってるよ」
恐らく妹の声が聞こえていたのだろう。
涼海さんは隣で「この尻尾可愛いのに…」と不満げな顔をしている。
母はまたテレビのお笑い番組に目を移した。
母はヒメウツギと涼海さんが見えないので、僕の本当の状況を知らない。話しても良いのだが、見えないものを見えると言うと、こちらの精神状態を疑いかねないので、言わない方がお互いのためだろう。イマジナリーフレンドがいる事にしてもいいが、妹に言いふらされるとろくなことがなさそうなので、やはりここは黙っておくに越したことはない。
週末。父と母が妹を連れて出かけた。
ようやく訪れた好機を利用しない手はない。僕は早速丹禅寺に電話をした。
いつもの通り、かなり長いコールの後、男性が電話に出た。
「はい。丹禅寺です」
「あ、志田雄二です。源信さんですか?」
「いえ。私は原相です。あの…何かありましたか?」
源信に蛙やネズミの話を聞いのだろう。原相は少し心配そうな声で聞いてきた。
「あ、特にすごいことは起こっていないのですが、丹禅寺にいた女の子の幽霊が、『獣狩り』というものを調べれば、何か分かるのではないかと言うので、そちらにお電話させてもらいました」
僕の質問に、電話の向こうの空気が変わった。何か緊張感が増した気がする。
原相はゆっくりと確認するように「…その幽霊は『獣狩り』と言ったのですね?」と聞いて来た。
「はい。言いました」
電話の向こうの声が途切れ、しばらく沈黙が続いた。
「あ、あの…」
「ああ、すみません。少し考え事をしていました。その女性の幽霊は、『獣狩り』をどのように言っていましたか?」
「なんだか、物凄く強くて、陰陽師界隈に伝わる話では、九尾の狐を倒したことがあるとか言っていました」
「なるほど。志田さんはその『獣狩り』についてより詳しく知りたいと言うことですね?」
「はい。そうです」
電話向こうの原相は、また沈黙してしまった。
僕はそれほど凄いことを言ったつもりはないが、電話向こうの緊張感は異様だ。もしかするとパンドラの箱を開けてしまったのかもしれないと、よく分からないが焦ってしまった。
「分かりました。その旨、源信に伝えます。すみませんが一週間後にもう一度、丹禅寺に電話をお願いします。その時に、源信からその事についてお話し致します」
「わ、分かりました。では失礼します」
電話を切ると、横にいる涼海さんを見た。
「何かわかった?」
鈴海さんは、あちらの緊張感など微塵も感じない笑顔で聞いて来た。
「源信さんが、来週にお話ししてくれるそうだよ」
すると、突然僕と涼海さんに割って入るようにヒメウツギが姿を現した。
「なるほど。『獣狩り』のことを知っている人間がこの時代にもいたということですか。雄二さま。確かに『獣狩り』は途轍もない戦闘力と術式を持った者たちです。ですが、この時代に甦らせてはいけないものです。源信が何を言ってくるのは分かりませんが、話は慎重になさってください」
「うん。わかったよ」
ヒメウツギは『獣狩り』を現代に甦らせてはいけない理由を説明してくれなかったのが気になるが、相当に込み入った話なのだろうということは想像に難くなかった。
モヤモヤとしたものを抱えながら一週間が過ぎ、僕は再び丹禅寺に電話をした。
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