第7話 方便

 ようやく業者が来て部屋に窓ガラスが復活したのは、あれから二日後だった。


 派手に割れたガラスについては、外側から中へと破片が入っていることもあり、仕方なく親に理由を話したが、母は見えてもいないものがそんなことをするはずがないと、妖が割ったとは頑として認めなかった。父は、僕の言うことを信じてくれたようで、母に内緒でこっそりと源信に連絡をとってくれたようだ。その話は聞けていないが、折を見て教えてくれることと思う。

 

 この二日間リビングにいるしかなく、ヒメウツギとも涼海さんとも話せなかった。僕が学校から帰ると、元通りになった部屋でくつろいでいたヒメウツギに早速聞いてみる。

「では、何故あのような妖に居場所がバレたかを知りたいと言うことですね?」

 ヒメウツギは、腕あたりの毛をペロッと舐め、毛並みを揃えながら言う。

「うん。あの時のネズミみたいなのが次々にここに来たら、安心して暮らせないよ」

「確かにそうですね」

 気になったのか肩の辺りもペロッと舐める。ヒメウツギはこうして毎日毛並みを整えながら、その日のテンションを上げている。寝癖を上手く処理できなかった日はだいたい機嫌が悪い。

 毛並みがうまく揃ったのか、満足そうな顔をしたヒメウツギは、続きを話す。

「まず。自然動物が妖になり、しかも人語を操れるようになる確率は、天文学的に低いのです。蛙やネズミが人語を話すなどほとんど聞いたことがありません。人間の霊であれば、その人間の意志と資質によりけりですが話せることもあります。それれでもほとんどの場合、霊は言葉を話せず、怨霊や幽霊といった形で現れます」

「そうそう。私は凄いのよー。分かったでしょ!!」

 いきなり隣に現れた涼海凪が嬉しそうに言う。

「これだけうるさいのは人間としても珍しいと思います。ここを静かにしたいので、すぐさまお引きとりください」

 ジトっとした目で涼海凪を見ながらヒメウツギが嫌味を言う。

「何よー。ヒメさまだっておしゃべりじゃないのよ!!」

 口喧嘩はいつものことなので、僕は、けなし合いを流して聞く。実はこの二人、普段は仲が良いのではないかと疑念すら持っている。

 しばらく言い合いが続いたので、雄二は話を本線に戻すことにした。

「はいはい。そこまで。それで、ネズミの妖が話せるのが珍しいからどうなの?」

「えーと…そう、そうです。この手の小動物が人語を操ることなど基本ないのです。では、彼らが何故人語を解し話せたのかと言うと、彼らは魂を改変されて作り上げられた妖と捉えるのが妥当かと思います」

「ネズミの魂を勝手に変えた奴がどこかにいるの?」

「はい。その通りです。これは人間がどう頑張ってもできることではありませんが、強力な力を持つ妖であればできる可能性があります。例えば、九尾の狐さまのような大妖怪、その下の地方の大妖怪でも場合によっては可能かと思います」

「それで、どこかの妖怪の作った妖怪がなぜこの家に来たの?」

「あくまで予想の範囲を出ませんが、あのネズミを、悪の魂を持つ九尾の狐さまが創ったと仮定する場合、元々は一つの身体にあった魂です。我が主とどこかで繋がっていても不思議ではありません。我が主の半身が雄二さまの中に眠っておられるので、それを辿ってきたのかもしれません」

 横を見ると、涼海さんも頷いている。これは結構まずいのではないかと心配になる。

「じゃ、じゃあ、僕はどこにも逃げられないし、僕の家族も…」

「しかし、ご安心ください。二日間をかけて私と涼海でこの家にかなりの結界を貼りました。あの程度の妖であればこの家に潜り込むことは不可能です。悪の九尾の狐も未だ復活しておりませんので、あれ以上の妖を創るのは難しいと思います」

「で、でも家の側で待ち伏せして家族を襲ったりしたらまずいよ…」

「なるほど…そのような可能性ですか…」

 ヒメウツギは目を泳がせて涼海を見た。涼海凪もまずそうな顔をする。

 ここにきて、鈍い僕も何となく感じるものがあった。

「君たち」

 僕は今まで一度もやったことがない怒りの表情を作って、ヒメウツギと涼海を見た。二人とも同時に僕から目線を外した。

「ちょっといくら何でも酷いんじゃない?」

「…だから私はやめた方がいいって言ったのよ」

 突然、涼海さんがヒメウツギに食ってかかった。ヒメウツギは気まずそうな顔をして、僕に頭を下げた。

「申し訳ありません。雄二さまに危機感を持ってもらおうと、一芝居打ったのですが、ことの他大事になってしまいまして…」

「じゃあ、あの蛙も」

「いえ、あの蛙は本物の敵です。あれが出てきたことで、雄二さまの尻尾の能力を引き上げることが必須になりました。そこで私も色々と考えまして、雄二さまに危機感を持っていただこうと、この涼海と簡易的な妖を創ることにしました。ですが、ネズミに術式をかけたところ、乱暴なところは変わらず、窓を壊してしまいました。本当にすみませんでした」

 更に頭を下げて謝るヒメウツギの横で、涼海さんも頭を下げたので、僕の怒りは急激に低下していった。

 しかし、そんなふわっとした理由で、僕が恐怖した上、家も壊されたのでは納得がいかない。いかないが、僕のことを思ってやってくれたのは確かだ。ただ母は怒り心頭だし、父も源信和尚に相談してしまった。この状況をどう終わらせれば良いのか皆目検討もつかない。

 時間が解決してくれるとも思えないので、明日、源信に電話をして収拾をどうつければ良いのかを相談することにしよう。

「もう頭を上げてよ」

 ヒメウツギは少しだけ頭を上げてこちらを見た。もう少し反省してもらいたいところだが、あのヒメウツギがこういうことをしたという事は、時間的な余裕がないのかもしれない。戦いに巻き込まれるのは嫌だし、年がら年中修行というのも嫌だが、日本を滅ぼさないためにも家が破壊されないためにも、この立派な尻尾を鍛えなければならないようだ。

「もう一度源信さんに詳しい話を聞いてみて、九尾の狐と本当に戦わなければならないとなったら、誰かが僕に稽古つけてくれるの?」

 ヒメウツギはガバッと身体を起こすと、正座をして「私もお手伝いさせていただきますが、その都度その修行に相応しい者を付けることも可能です」と恭しく言った。

「私も陰陽術とかなら教えられるよ!!」

 涼海凪は大きな胸を突き出して、元気に言った。

 一度決めてしまえば、もうこの戦いから退場することは許されない。しかも母と対立してしまう可能性もある。不安要素が多すぎて寒気がする。

「まだ、きちんとやると決めた訳じゃないからね。でも、教えてくれる人がいるのは分かったよ」

「はい。その九尾の狐さまの尻尾を持つという事は、日本の妖の一つの頂点に立つことを意味します。どれだけ強い妖でも、実体を伴った九尾の狐さまには勝てません。唯一の勝ち筋は、実力のある人間が対決することです。そして、この時代に、妖と戦える人間がどれだけいるのかは分かりませんが、その人たちと一緒になって戦うべきです」

「うーん。まあ、ちょっと考えさせて」

「分かりました」

 ヒメウツギは頭を下げると、部屋から出ていった。

「ええと…私たちここにいてもいいよね?」

「もう出て行けとか言わないよ」

 涼海さんはニコッと笑うと、ドアをすり抜けて部屋から出た。

 

 今できることと、これからやらなければならないことを考えよう。

 僕は、机に向かうとノートを開いた。そこに、今日のことをつらつらと書く。スマホやPCに書いてもいいのだが、書いた方が頭に入るし、その時の感情が字に宿るので、今後も何かあればノートに書こうと決めた。

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