第5話 対決

 睨み合ったまま「始めましょう」と言ったものの、涼海凪とヒメウツギは睨み合ったまま動かない。


 恐ろしく気まずい。


 僕としては二人ともこの家にいない方が落ち着けるのだが、何故か二人ともここに居座る気満々だ。ここで二人とも出ていってほしいなどと言おうものなら、僕が半殺しにされそうだ。

 この張り詰めた空気に耐えられれなくなり、僕は仕方なく口を開いた。

「あ、あの。一ついいかな?まずは、ここにいたい理由を言い合った方がいいと思うんだ」

 涼海凪が僕を横目で見たあと、ゆっくりと頷いた。

「そうね。まずは主さまを納得させないといけないわね。あなたもいい?」

「もちろん。大義名分が違いすぎるから話し合いにならないのが残念ではあるが、そうするのは構わない」

 涼海凪は大きな目でヒメウツギを威圧したあと、静かに語り出した。

「あまりに美しすぎて、私は生前いいことがほとんどなかったの。人生もハードモードだったし、ろくな男が寄ってこなかった。そこで死んだ後、運よく霊になれたから、私が見えて頼りになる男をずっと探していたの。あの寺にいたのは霊にとって居心地の良い環境だったのと、あそこにいれば九尾の狐と戦える人間がそのうち来ることがわかっていたから。雄二くんが私を好きになれば、私に触れられるようになるよ。そしたら、あんなことやそんなことを…うふふ。あ、そうそう。私ならすぐにヤバい霊を見つけられるし、チョチョッとやっつけられるよ。どう?役に立つでしょ?」

 何故か上目遣いで僕を見ると、涼海凪はニコッと笑った。あくまでも霊なのだが、確かにその顔は可愛いと言える。

「ふん!!本当に悪霊と戦えるのか?まあ、この尻尾を持つ雄二さまなら、悪霊でも妖でも祓えるし、私がそのサポートをすれば鬼に金棒。たとえ酒呑童子でも返り討ちにできます」

「ち、ちょっと、そんな強そうな妖怪、僕には無理だって」

「きちんとした力が使えれば、不可能などありません。何しろ九尾の狐さまの半身を宿しているのですから。常に私がサポートいたしますので、雄二さまは安心して力の覚醒を目指してください」

 おいおい、いつの間にか悪の九尾の狐と戦うことになっていないか?これはマズい。自分にそんなことができるはずがないし、片足でも突っ込めば絶対にお母さんが爆発する。

「そうね。その尻尾が覚醒すれば、私も普通の人と同じように雄二くんに触れられるわ。早く覚醒させるのよ」

 涼海凪も嬉しそうに言う。僕は反論しようとしたが、二人の話に遮られてしまった。

 まずはヒメウツギが口撃する。

「霊の助力など全く無用。そして、其方が悪霊にならないという証拠もない。であれば即刻ここを出ていくのが筋というも…」

「ちょっと、雄二くんはまだまだ能力に覚醒していないし、あなた悪霊を舐めているでしょ?霊が妖よりも弱いとか思っていない?町ごと一瞬で破壊できるとんでもない怨霊に会ったことある?日本最強の怨霊天照大神が出てきたら、誰が抑えられるの?今、伊勢神宮が強力な結界で天照大神を抑えているし、もしものために外宮に猿田彦を祀って天照に対抗しているけど、実際、天照大神が出てきたら猿田彦ですら守りきれるか分からないよ。そんな時、私がいれば猿田彦にも加勢できるし、雄二くんにも力を貸せるわ。どう?そして、ヒメウツギさん。あなたは日本の神についてそこまで知っているの?日本の危機は怨霊にも引き起こされる。妖だけではないのよ」

「な…ぐぬぬ」

 ヒメウツギは押し黙ってしまった。僕には天照や猿田彦がどんな霊なのか分からないし、天照大神が伊勢神宮に封印されているなんて話は初めて聞いた。天照は伊勢神宮で崇められているものとばかり思っていた。

「で、でもヒメウツギはずっと笠間稲荷神社にいたんでしょ?だったら日本の神様についても詳しいんじゃ…」

「雄二くん。そもそも九尾の狐は今の中国から日本に渡ってきたの。そして、稲荷神社を創建したのは秦氏という京都の太秦を地盤に日本の国づくりにも貢献した渡来系の豪族。だから、この白い狐ちゃんは、もちろん日本について詳しいけれども完全に理解できているかは分からないわ」

「我らが何百年日本にいると思っているのだ!!それくらい分かっているに決まっているだろ!!ただ、其方の言い分にも、ほんの一部分だけ納得いくところはあった。だからと言って本当に霊と戦えるのかは、私自身が見てみないと判断は下せぬ。その判断が下せぬ以上やはり其方はここを出ていくのが筋だ」

 結局、ヒメウツギも譲らない。

「霊だって頑張れば妖とも戦えるのよ。あまり見くびらないことね。あなたも私に消されたくなければ大人しくしていることね」

「何だと!!言わせておけば!!いいだろう。妖が何たるかを見せてやろう」

「ああ!!ちょっと待って!!本気の喧嘩はダメだよ!!それをやるなら二人とも出ていってもらうからね!!」

 妖気を発する寸前だったヒメウツギは、それを一旦静めた。しかし、もうこれ以上は抑えられないかもしれない。

 雄二は困り果ててしまった。

 頭の整理もつかず、どうすればいいのか混乱するばかりだ。たまたまこの尻尾を授かったとはいえ、僕がその力を本当に使えるようになるのかなんて分からない。そんな僕に付き従うように女の子の霊と狐の妖がやってきた。彼らは方向は違うものの、僕のことを守りつつ、力の覚醒を待ってくれると言う。

 要するに、これは二人の問題であると同時に僕の問題でもあるのだ。


 僕の『覚悟』が問われているのだ。

 

 源信も源相も近いうちに九尾の狐が復活すると言っていた。そして、九尾の狐を受け入れられる人間はこの世にほとんどいないとも言っていた。

「よし!!決めた!!」

 そう言うと、涼海凪とヒメウツギが真剣な目で雄二を見た。

「正直、僕に何ができるかは分からない。でも、涼海さんもヒメウツギも日本の危機に立ち向かっている。だから、僕もこれからできることをしたいと思う。そのために涼海さんとヒメウツギに協力してほしい。その代わり、お風呂に入ってきたり勉強を邪魔するのはやめて。約束してくれたら二人ともこの家にいてもいいよ」

 チラッと二人の様子を見る。どうにも複雑な表情をしている。本心では自分だけがいいと思っているのだろう。しかし、ここはもうこうしてもらう他ない。

「うーん。仕方ないわね。でも私が雄二くんの部屋よ」

「何を言っている!!悪霊に取り憑かせでもしたら九尾の狐様に申し開きができない。私がこの部屋にいる」

 また喧嘩をしそうになったので、うんざりしながらも止める。

「いや、どっちもだめ。寝る時以外はいてもいいけど、寝る時は違うところに行ってください」

「雄二さま。この女がそのような約束を守るとは思えません」

「何よ!!私だって一日くらい約束守るわよ!!」

 結局、話し合いは平行線を辿り、今日のところは二人とも僕の部屋の外にいることとなった。二人は寝ることがないとのことなので、今度二人用に落ち着ける場所を造ってあげようと思う。

 

 僕は、落ち着いて寝られる日が来るのか不安になったが、今日は疲れていたのかすぐに寝入ってしまった。

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