第5話 シルバースター
ヒノモトステーション外縁部の円状のエリアには傭兵の使用する港がある。
外縁部のエリアはヒノモトステーションリングと呼ばれ、四つのエリアに分かれている。イナトが彼、ブラックバーンに連れられて来たのは比較的に治安の良いとされるエリア三にある宇宙船の駐機場であった。
銀色に輝く船がそこにあった。
「見ろ、イナト。 あれがうちの船の【シルバースター】だ」
【シルバースター】と呼ばれた銀色に塗装を施されたブラックバーンが所有しており、これを手に入れた事で名を挙げて行ったそうだ。
船としての大きさがどういう基準なのかは分からないが、彼がどれだけ凄いのか早口になりながら説明してくれた。
「す、凄いんですね」
「そうなんだよ! しかもだ、うちのオペレーターもみんな素敵だし最高なんだよ」
彼の船にはあと三人のオペレーターがいるらしい。
自分を見つけ次第にデブリ帯に戻るつもりだったらしく、出港準備を行っているそうで補給や整備中との事だった。
近づいていくと船の大きさに圧倒された。
流線型の外観をしており、ブリッジも船体に埋まっている形になっている。
高速戦闘をする為の物らしい。
鼻歌まじりで船の中へと入るブラックバーンの後についていくと、艦内スピーカーから女性の声がした。
「遅いっ!!
キーンと耳に響くが、怒っていると言うよりすごく心配しているような印象を受けた。
「悪りぃわりぃ」とあまり謝っている様な態度では無いブラックバーンを見ていると何時ものやりなれたやり取りをしているのでは無いだろう。
記憶を失う前の自分にも、そんな相手がいたのだろうか。
「ブラックバーンさぁ、ミリアのやつカンカンに怒ってたよ。 全くもう、あんた……、ってその子は?」
「おっ! アマンダか。ちょうどいいところに! 俺、ミリアのとこ行ってくるから。 こいつにスーツを一着仕立ててやってくれないか?」
「そりゃあ、良いけどさ。 もう行っちまった」
振り返ると、ブラックバーンの格好と同じ作業服の様なものを着た女性が立っていた。
無線で聞こえた声とは違うし、別の名前を呼んでいたので別の仲間なのだろう。
ブラックバーンはそのまま自分を彼女に任せると、そそくさと何処かへ行ってしまった。 きっと、さっき放送していた女性のところへと向かったのだろう。
彼女、アマンダと呼ばれた女性と取り残されて、少し気まずい空気が流れてしまう。
「その、なんだ。 私はアマンダ。 ここでは補給関係と砲手を担当しているよ。 あんたは?」
「イナトです。 えっと、ブラックバーンさんには傭兵登録した時に出逢いまして」
「もしかして、あんたがあの?」
「想像している通りかと思います。 それで、一緒に行けば何か分かるかと思うと誘われまして」
経緯を話すと、苦笑するアマンダ。 年上のお姉さんという様な印象を受ける。
健康的に焼けた小麦色の肌と金髪はそれでいて綺麗に見えるし、スレンダーな長身もまた素敵な印象を受けた。
「それは、災難だったね。 あいつ人の話聞かないところあっからさ。 無理矢理に引っ張ってこられたわけじゃ無いんだろう?」
「はい、もちろん。 むしろ、これからどうしようかと思っていたので正直に言えば助かりました」
「ははっ、違いない。 あいつは昔っからこんなだからさ。 あたしらが身張ってやらないとね」
どこかを思い出すような、懐かしそうな顔をしているアマンダさんを見ていると「ここで立ち話でもなんだし、まずは言われた通りスーツを見繕ってやるから着いてきな」と言って歩き出す。
ブラックバーンの向かった先とは反対側だ。
彼女の後を追いかけると、ロッカールームへと到着した。
「基本的には、うちらはステーションの外に出て活動する時は必ずスーツを着ているんだが分かるかい?」
「いえ。 その、これは」
「そりゃそうか。 何簡単だ、見てな」
そう言って上着やズボンを脱いでいく。
下着姿になるなんて聞いてない、慌てて後ろを向くと「二ヒヒ」と彼女の笑う声が聞こえてくる。
もう振り返っても良いよと言われてアマンダの方を向くと、まだ前の方ははだけているが、見えては行けないところはしっかり隠れている様子だ。
ホッとしたのも束の間、一着同じ様なスーツを投げて渡された。
「多分、それくらいのサイズだと思うけど。 あんたも今着ているもの脱いでスーツを履きな」
足首から手首、首の部分を覆うように作られたスーツは伸縮性があるからかすんなりと着用する事が出来た。
だいぶ身体にピッタリとするものらしい。
どうも、このスーツの情報を登録するかどうかの案内のようだ。
アマンダにこの事を確認すると、「どうせお古で今は誰もきれないからもらってよ」と言われ、有り難く頂戴する。
さらに身体にフィットしてより動きやすく感じる様になった。
【スーツ情報を登録しました】
【セイホウ重工スーツ三⚪︎六】
【スーツ情報を確認出来るようになりました】
【スーツ破損による緊急時にはいかなる操作中でも案内を優先します】
ブーツとグローブも同じ様に渡されて着用する。
違和感は無いかと聞かれたが、全く問題は無いと答えるとアマンダは笑っていた。
スーツの脱ぎ方も教えてもらう。
上位権限の相手からは、万が一の場合脱がせる為に操作できる仕様になっているが、基本は自分が脱ぐ必要が有る時以外は勝手に外れたりしない様になっている。
ヘルメットもお客さん用だがごめんねと言って周囲が見渡せるようなヘルメットをスーツに装着してくれた。
必要に応じて被ったり、外す事が出来るそうだ。
「さっきも言ったけれど、ステーションの外に出たら自己責任の世界だ。 間違ってもスーツを脱ぐんじゃないよ?」
「あの、トイレとかはどうするんですか?」
「スーツ内で出来るようになってるから」
分解吸収する事が出来るとの事。 それって、一体どこにいくのだろうか。
もちろん、清潔になる様にされているらしいのだが、嫌で脱いでする者もいるらしい。
「アマンダ〜、エンジンもバッチリ準備完了だよ〜」
ドア側に立っていたのが悪かった。 後ろのドアが開いたかと思って振り返ると目の前に巨大な二つの塊がぶつかって来たのだ。
く、苦しい、窒息してしまう。
「はっ、ハンナっ!!あんたまたそんな格好で!?」
「エーテルエンジンの調整は、すごく暑いんだから仕方ないのよぉ、汗まみれになっちゃうんですものぉ。 下着なんてみんな見慣れちゃった仲じゃない〜。って、あらぁ?」
ハンナと呼ばれた彼女は気付いてくれたようだ。
その大きな二つのものに圧迫されている存在に。
「ごめんねぇ」とおっとりとした声でやっと解放された。
……、何も悪く無いです。 ありがとうございます。
改めて背も胸も大きなハンナからの自己紹介と挨拶をした。
短く切った茶髪に健康的な白い肌、大きな二つの凶器を兼ね備えたお姉さんという感じだ。
話し方も少し間延びしたようなおっとりとしたタレ目と相まって甘えたくなるような存在感である。
「あなたが、あの時の男の子なんだ。 もう大丈夫よぉ」
ガシッと身体を掴まれて引き寄せられる。
フワッと彼女の汗の匂いもするが、嫌な匂いではない。
「ほらほら、ブラックバーンがヤキモチやくぞ」
「あら、ブラックちゃんのヤキモチならちょっと見て見たいかも」
そう言って、彼女の抱擁が終わる。
お姉さん、訂正する。 お母さんかもっ?!
一瞬、ハンナの方から凄い殺気のようなモノが飛んできた錯覚を覚える。
彼女の顔を見ると、優しい笑顔の様なものが見えるのだが、心無しか年齢の事に触れては行けないような気がした。
うん、大人のお姉さん。 とても親しみやすいお姉さんです。
「アマンダ、イナトの準備が出来たらブリッジに来てくれ」
スピーカーを通してブラックバーンの声がする。
アマンダはハンナにも着替える様に言うと、ブリッジに行くよと自分を引っ張った。
どれくらい大きさの船なのか聞くと、200メートルクラスの船だそうだ。
高速戦闘を主体とした船の中でも大きい方らしく、人型機動兵器も載せているらしい。
「え?! あるんですか?」
「おっ、なんだい? 男の子だねぇ、気になっちゃう?」
「はい! すごく興味があります」
他にも、この船にはエーテルエンジンを二基搭載されていて艦単体で短距離ながらもエーテルジャンプする事が出来る事や、格納庫には回収した【遺物】や海賊を撃退した際の鹵獲品を積み込んで置けるようにある程度大きなスペースを取っている事など色々と教えてくれた。
「ブラックバーンの幸運のおかげでもあるんだろうけれどね」
「幸運ですか?」
「そうだよ。 おっと、おしゃべりしている間に着いたね。 この先がブリッジだよ」
「まだお話はおわってませんよ! ブラック!!」
「まぁまぁ、ちゃんと時間通り戻ってきたし彼も連れて来たじゃないか」
「一緒に迎えてに行きますよとも言いました!」
「悪かったってミリア」
おぉ、ジッと見つめられたミリアと呼ばれた女性は段々と居た堪れなくなったのか、目線が泳ぎ始めている。
顔も何処か暑そうで赤くなっていた。
しどろもどろにうーとかあーとか言っていたが視線を逸らした先にいた自分と目が合った事で、冷静さを取り戻したらしい。
大きなメガネで顔全体の表情は少し分かりづらかったが、可愛らしい方の様にも見える。 燃えるような赤毛は三つ編みにして胸の前の方で揺れていた。
この中ではブラックバーンが一番身長が高く、自分が一番低いようだ。
彼女と同じくらいでは無いだろうか。
「もう! ごめんなさいね、イナトさん。 びっくりさせてしまったでしょう?」
「いえ、皆さん仲がよろしいんですね」
「アハハ、ありがとう。 ブラック、ブラックバーンは少し良い加減なところもあるから」
アマンダにも言った様に、ミリアにもありがたい話だった事を告げると少し安心したような表情になった。
これからお世話になるのだから、憂いを残したく無いものだ。
何時着替えたのか、先ほど別れたはずのブラックバーンもスーツを着用していて、ハンナもまた着替え終わったのかブリッジへとやってきた。
「イナト。 これから君には色々と初めてに感じる事もたくさん起こると思う。 それでも今だけは、俺たちを信じてもらえればと思うんだ」
「それは、もちろんです」
「うん、よろしい! さて、ここでモタモタしていたら時間が勿体無い。 早速だがデブリ帯へと向かう」
ブラックバーンが言うや、何処からか唸り声の様な音が聞こえてきた。
ハンナさんが、こちらを向いてにっこりしている。
エンジンを始動したらしい。
みんながそれぞれの席に座って行動を開始した。
自分はというと、ブラックバーンの横に補助席のような物がりそこへ座るように促される。
なるほど、ここからならみんなを見渡す事が出来る訳だ。
「さぁ、これで出航準備は整ったわけだ! ミリア、管制に出航準備が出来たと伝えてくれ」
「了解」
「ハンナもエンジンを再始動よろしく」
「準備は出来ているわよぉ」
「さすが! 愛してるよ。 アマンダは?」
「火器管制システムは何時でも大丈夫、流石にここで火を入れたら管制にどやされるぞ」
自分の救助された場所へ行く。
自分を救助した事で、病院船内部の探索は進んでいないらしい。
デブリ帯と呼ばれる宇宙の墓場の一つで見つかった。
何時また病院船が流されるか分からない状況であるため、急いで戻る事になったがこれも自分の幸運とブラックバーンの幸運が交わった結果だと思う。
何が待っているのだろう。
そんな期待と不安が自分に近付いてくるのがわかる。
しかし、そんな事も一気に無くなってしまった。
【エリア三管制よりシルバースターへ】
「シルバースター」
【七番ゲート開放中、……開放完了】
「シルバースター了解、アンカー外せ」
【アンカー解除、良い旅を】
「アンカー解除確認、シルバースター出ます」
ミリア行う管制とのやり取りは正直カッコよかった。
短いやり取りだったけれど、良いものだ……。
いつか、自分の船を持つ事が出来たらと想像してしまう。
「キャプテン」
「シルバースター発進!!」
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