最終章
白く透き通った昼の月 1
……だめよ……。
魅婉の声が意識にのぼってくる。
(魅婉か……。どうした、この男と一緒に逃げたいのか? しかし、今は最悪のタイミングだ)
(獅子王さま、あの人だけが、わたくしが生きる理由なのです)
彼女の心が食いこんでくる。
なんだ? この感覚は、まさか本体の覚醒なのか。いや、そんなことを感心してる場合じゃない。
(俺の話を聞いているのか? 今はダメだよ、魅婉。この皇太子は森上かもしれない。悪魔のような犯罪者が絶対権力者なら、この世界は破滅するしかない。奴の思い通りのまま暗黒の世に落とすことは、刑事の矜持として考えるだけでも空恐ろしいことだ)
(あの人が呼んでいるのです)
魅婉にとって、森上も世界も関係ないことだろう。王宮に側室という名で匿われて以来、彼女の心は死んでいた。
唯一の支えが
気の毒な皇太子だ。どれほど、彼女を大切に思っても徒労でしかないようだ。
恋とは動物的な感情で、もっとも理性から遠く、そして、残酷だ。
ま、俺にとっちゃ意味不明の感情ではある。だから、心の声をガン無視することに決めた。
「魅婉さま、助けにきました」
「今は無理だ、
「この男?」
俺は横目で
軽くいびきをかき無邪気に熟睡している。
なんという無防備な姿を晒して眠っているのだろう。上着の前がはだけ、固く引き締まった胸の筋肉が見える。
常に鍛えていなければ、こんな身体にはなれないだろう。
現代で見た森上のひ弱そうな身体とは違う。
果たして、この男の立場で仙月と秀鈴の殺人が可能だろうか?
彼の行くところ、多くの従者が随行する。それは言い方を変えれば、一挙一動を見張られているということだ。
仙月を殺して指を切り、誰にも知られずに後宮の北門近くに置くことは可能かもしれないが、
誰かにやらせたのか。
この男の立場なら、できるかもしれない。
「どうしても?」
「ん、なんだ、暁明。不服か?」
彼はにやりと笑った。その顔を見ると、チリチリと首筋に冷気が刺さる。
「わたしの大切な
そうか、
彼の声に呼応して俺の身体がかってに動き、震えながら手を差し出す。
(だめだ、魅婉。ここに皇太子がいる今が確認する良いチャンスだ。こいつが森上かどうか)
(あの人に呼ばれている)
(まったく、何も聞いてないな)
「暁明、今は行けない! ……ん?」
ふいに身体が引っ張られた。いったい何がおきた、どうしたんだ。
「魅婉さま。魅婉……、わたしの大切な
なんと懐かしい響きだろう。
その名前に記憶の
(つづく)
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