皇太子との謁見と夜
板戸を開け、天佑が外へ飛び出した。
そこで見つけたのは
暁明だったのか。
「
「
「そうだったか、わかった」
俺といえば、あるいは襲撃かと思い込んで、頭を抱えて床にうずくまっていた。この身体の防御方法は完璧になりつつある。
「
「一緒に行こう。何かあるのかもしれんからな」
「かしこまりました」
俺は天佑の後をついて外に出た。
回廊の階段を降りるとき、暁明がさっと近づき自然に手を差し出して俺を助ける。
なんだろうか、この守られてる感。心地よさと苛立ちが相半ばする気分だ。
残虐な事件とか関係なく、今日もよく晴れた日で、そういえば、ここに来てから雨も雪も降っていない。
冬だろうが、まだ秋の気配も残っている。
そう考えた俺を嘲笑うように一陣の冷たい風が吹き、木の葉がゆれ、ざわざわと音を立てて散った。空気が一段と冷えていく。
「では、参りましょうか、魅婉さま」
いつのまにか、天佑と隣だって歩くのが普通になった。今日は背後から
なんとなく居心地が悪い理由がわかるような、わからないような。
俺は首もとをかいて、チラリと背後を伺った。暁明の目は相変わらず優しさに満ちている。
──なんだかなぁ。よほど魅婉を愛しているんだろうな。
「なあ、天佑」
「なんでしょうか」
「暁明は、なぜ隣を歩かない」
「宦官にも身分があります。彼はそれに忠実なのです」
そんなものなのか……。
しばらく、俺たちはそれぞれの物思いに耽りながら、朱鳥殿まで歩いた。
皇太子が政務を行う朱鳥殿は東宮の南側にあり、他の建物と同じように回廊が巡っている。
正面口で案内を乞う。
すぐに「入れ」という張りのある声が聞こえた。
そこは、だだ広い床張りの部屋で、
「しばし、待て。これを片付けてから、あらためて聞こう」
俺たちは中央に置かれた円座の上に腰をおろした。
刻々と時が流れた。
昼間とはいえ、寒さを防ぐため障子戸はすべて閉じており、薄暗い部屋は燭台の灯りしかない。
床からジンジンと寒気が這い上がってくる。
もう少し厚着をしてくるべきだった。軽くくしゃみをして鼻をすすると、
魅婉の身体は冷えやすく手足も常に冷たい。筋肉量が多かった俺とは鍛え方も違う。
「寒いのか」
麗孝は返事を聞かず、ただ、内侍に手で命じた。
すぐに火鉢が用意され、俺と天佑の前に置かれた。赤く燃えた炭火に手をかざすと温かいが、これだけで部屋の暖房が十分ではない。
俺は両足でぐるっと火鉢を抱きこみ、熱をもった側面に身体を寄せた。隣の天佑が驚きのあまり目を見開いている。
ここに太華がいなくてよかった。
さらさらっと巻物を閉じる音がして、
「魅婉……、その格好はないぞ」
「寒いんだ。仕方ないだろう」
「魅婉さま、殿下に対して」
「よい、天佑。気にするな」
麗孝は面白そうに俺をみて、とびきり魅力的に唇を右に引き上げた。こいつは、自分をどう見せれば女たちが喜ぶか知っている。
殺された仙月と秀鈴は、おそらく、この──顔も権力も名誉も、すべてを手中におさめた──男への、虚しい嫉妬に苦しんだのは間違いない。
「待たせたな。現状を報告せよ」
「はっ、殿下。
「そうだ、飾るようにな」と、俺は付け加えた。
「飾る?」
「ああ、犯人はあの場に被害者を置くことで、自分の芸術作品を飾ったんだよ」
「被害者とは、どういう意味だ」
「ああ、そうか。殺された女たちのことだ」
俺は火鉢を抱いたまま、そう答えた。
「続けよ」
「秀鈴の状態は、死後硬直から見て、と言ってもわからんだろうが。ともかく殺されたのは、昨日の夕暮れ以降、俺たちが呑気に夕食を食べていた後だろう」
しかし、ここで顔を逸らしては男がすたるってもんだ。
「そなた、余が聞き及ぶ噂によると、呪われているようだな」
「でたな、化け狐って噂か? でもな、態度を今さら変える気はないぞ」
「別に変えろとはいっていない。元気になってなによりだ。昔のようとは言い難いが……、幼いころのそなたは明るく素直で、よく笑っていた。はじけるような笑顔は周囲を温かくしたものだ。その笑顔を失って久しいが、今度は、ふてぶてしくなった。まるで別人のようだ」
どう返答して良いのか困った。俺は魅婉ではないが、そう言ったところで、どうせ気が触れたとか、呪われたとかになるだけだ。
「今は、そこが大事じゃないだろう。この事件は、まだまだ続くぞ」
「それは呪いの言葉か」
「いや、違う。現状を分析しての予想だ」
麗孝は俺から視線をはずすと、天佑を見た。
「それが本当なら、天佑。由々しきことだ。『呪祓いの儀式』を執りおこなおう」
え?
『呪祓いの儀式』って、いったいなんの話だ。
「それはよいお考えにございます。後宮内での動揺も根深く、女官たちは打ち震えております」
天佑、おまえまでそこに向かうのか。
「
「かしこまりましてございます」
いや、かしこまるな。
それは違うぞ。
「
「あの、そんな儀式を行なっても殺人は終わらない」
「ほお、なぜだ。後宮の者たちが怯えておる。それを治めるのも、余の仕事だ」
「はあ……」
「本当に、面白い奴だ。そんな大きなため息をついている場合か。前回、部屋を訪れようとしたが延期になった。今日こそは、そなたとじっくり話したい。今宵は『北枝舎』で過ごす」
「内侍」
「は」
「そのように太華に伝えよ」
「かしこまりましてございます」
おおおおおおおっ?
な、なに言ってんだ。このクソッタレ皇太子!
(つづく)
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