祈りは「玄武ましまし」




 がら〜んとした大広間の床に円座が横並びに用意されていた。


 俺は真ん中にすわったのだが、体の大きな二人の間では、どうも居心地が悪い。

 女ってのは、常にこんなふうに、大男の間では身の置き所がない気分になるのだろうか。

 細く小柄な体で対等にいるってのはヘビーな経験だ。

 威張って話せば、無理して偉そうにしていると思われ、ナヨナヨすれば、誰も俺の意見など正当に評価しないだろう。


 ため息しかない。

 しかし、今はため息をついてる場合じゃない。


 俺は天下の獅子王だ。

 いいか、気合いだ、気合い、気合いで乗り切るぞ……。


 そして、麗孝リキョウは黙っていた。


 物珍しそうに俺たちを眺め、やっと口を開いた。奴より先に話しかけるなと、登壇する前に天佑に注意されたが、その我慢も限界になりそうだった。


「珍しいというべきか、三人で来たのか。魅婉ミウァンも宦官の姿をしているようだが」

「誠にお忙しいところを、お時間をいただき申し訳ございません」


 天佑チンヨウのうやうやしすぎる挨拶を、麗孝は目を半眼にして聞いている。

 その堂々とした姿には気品があり、まさに王者という風格だ。おそらく、立派な帝になるだろう。

 立派だが、孤独でもあるだろう。

 立ち居振る舞いにスキがなく、冷たく感じる。自ら孤独な存在であろうとしているのだ。

 そこは、かつての自分を見ているようだ。

 奴のそんな態度が、無用であり害でもある俺のプライドを刺激して、むくむくと対抗心がわいてくる。

 絶対君主制の皇太子に対抗するなど、そもそも持ってはならない感情なんだが。


 ──だめよ。


 心の奥から怯えきった声がした。

 家族を眼前でなす術もなく殺された魅婉は、反抗すれば殺されると怯えきっている。


「では、話を聞こうか」

「はい!」


 俺は魅婉の感情をおもんばかって、元気に手をあげた。これまでの偉そうな態度を改めようと思ったのだ。

 な、魅婉、ちゃんと手をあげて許可を得たぞ。これでいいんだろう?


 おい! なぜ返事がないんだ……。

 

 隣で天佑は皮肉に右眉をあげ、威厳を横に置いた麗孝リキョウは吹き出しそうになり、暁明シァミンは静かに見守っている。


「よい、話してみよ」

「今回の事件はな、表面的に見えるものとは違う。蔡花楓ツァイ・ホアフウの嫉妬から起きた事件ではないと断言したい。侍女の明明が、なぜ告白したのか、それを調べなければ、本来の敵に辿りつけないだろう。このままでは、第二第三の犠牲者がでる」

「そうなのか、天佑」

「投げ文での告発があり、告発された本人はそう自白しましたが。いささか納得できないところはあるかと」

「では、何が本来の敵なのだ。魅婉」


 俺は息を深くのんだ。今更、森上莞しんじょう・かんが異世界から転移しているなんて話、誰も本気にしないだろう。

 この世界の文化水準で、どう説明したらいいのか。

 そこで俺が出した結論は、これだ。


「呪いだ」


 言葉にすると、なんだか信ぴょう性が薄い。

 太華が祈りを捧げる念仏が頭をよぎり、この時代で説得するには、いい考えだと思ったのだが。たいていの場合、こういう思いつきの『いい考え』なんてのは失敗と相場は決まっている。


『あずまにセイリュウ、なむスザク、とんでビャッコにゲンブましましッ!』


 最後のって、どういう意味だよ、太華。

 今はそこじゃないが。


「呪いとは?」

「そういうことだ、麗孝リキョウ


(さま)と、小声で天佑が付け加えた。


「あの女官……、名前は明明か、呪われているんだ」


 三人三様の返答が戻ってきた。


「呪いとは、なぜ、そう思われたのですか?」

「誰にだ。余の子に呪いをかけるなど、誰が大罪を犯した」

「……」


 やはり、森上莞しんじょう・かんが転移しているという話よりも、呪術のほうがとっつき易いのか。みな食い気味だ。


「後宮で呪術を使うのは御法度です」

「そうだ。しかし、腕のいい巫女がいるはずだ、天佑。巫女といっても男か女かはわからないが、間違いなく巫女のような立場の者が、ここにいて、あの女官を操っている」

「なぜ、それを確信をもって言われるのです」

「確信があるわけじゃない。だから、この場へ来たのだ。明明を刑部に渡してはまずい。このまま、本来の敵を見つけずに彼女を犯人とすれば、ここで同じことが再び起きるはずだ」

「ずいぶんと確信をもっていらっしゃいますね。魅婉さま」

「ああ、そこは確信がある」


 暁明シァミンは、黙ってわたしたちの話を聞いていた。言葉を挟まないが、昔からそういう性格のようだ。

 静かな佇まいは神秘的で他のふたりとは別の魅力をもっている。

 魅婉は、この穏やかな雰囲気に惹かれたのだろう。


 しかしな、魅婉。

 寡黙だからといって、それが賢いとは言えないぞ。頭のなかが空っぽで話すことがないから黙っている。

 俺は、そういう男たちをよく見てきた。


「だから、ここへ頼みに来たんだ。しばらく、明明を東廠とうしょうで預からせてほしい」

「よいか、魅婉。東廠は刑部の人間が後宮に入ることができないために、肩代わりをしているにすぎない。罪人を取り調べるのは管轄外なのだ」

「そこを、なんとかしてくれ」


 殷麗孝イン・リキョウは、文机に肘をおき俺の顔をまじまじと見つめた。視線はそのままに、天佑に聞いた。


「天佑よ、魅婉は、いったいどうしたのだ。二年間、ずっと『北枝舎』に閉じこもって、やっと出てきたと思ったら、別人のようだ」

「わたしは昔の魅婉さまを存じ上げません」


 暁明に声をかけないのは軋轢があるからだろう。暁明はまるで透明人間のように、その場に佇んでいる。


 俺の正体を知りたいのなら、教えてやってもいいが、どうせ信じるわけはない。そう思ったとき、心の奥から深い悲しみの感情が押し寄せてきた。


「こら、魅婉。泣くでない。余は、そなたを責めているわけではない」


 泣いてる?

 俺が?

 暁明が白い布を取り出すと、そっと、俺のほほにあてた。鼻がむずむずしているし、俺は確かに泣いているようだ。


「泣いてるわけじゃない」と、俺はあらがった。

「アレルギーだ。いや、花粉。そうか、そう言っても無駄にわからんよな。ここは寒いから、鼻がむずむずして。そんなことはどうでもいい。ともかく、頼みを聞いてくれ。明明を刑部に渡さず、捜査をさせてくれ。きっと、犯人を見つけだす。じゃないと、今度こそ本気で泣くぞ」

「天佑、どう思う」

「魅婉さまのおっしゃる通り、確かに明明の自白は唐突すぎました。調べてみるのも一手かもしれません」

「それでは、三日だ。三日の猶予を与えよう」

「おお、さすが、殷麗孝イン・リキョウ


 俺は涙をこぼしながら、意気揚々と叫んだ。隣で天佑が諦め口調で「さま」と付け加えた。



(つづく)

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