神と自らを偶像化するシリアルキラー
天佑も明明の告白には疑問を感じていたようだ。
さあ、交渉は成立した。
そうとなれば、さっさと明明のところへ向かうぞと腰を浮かしたが、天佑は優雅に拝礼している。
つい忘れてしまうが、雅な空気が流れる礼儀を重んじる世界だった。
「刑部に引き渡すまでに三日の猶予をいただけましたこと、ご高配に感謝申し上げます」
麗孝は文机に頬杖をつくと、ニコっと微笑んだ。
屈託がなく自信に溢れた様子で、紅花や他の側室たちが執着して血道をあげるのも納得する。
男の俺でもゾクっとするいい顔だと思う。
おそらく、後宮の女たちはこの皇子に憧れと恋情を持っているだろう。
「ところで、魅婉。側室って立場を思いだしたか」
まったく、少し褒めたら、すぐこれだ。今はそれどころじゃないという、危機感をもたんか!
おまえが佐久間だったら、頭をどつかれているぞ。
「チッ」
「舌打ちしたように聞こえたが」
「いや、違う、違う。その少しだけと言おうとしたんだ」
「では、今日は、そなたの部屋を訪れよう」
え?
今、何を言った?
「き、聞き間違えかな……」
「なにを聞き間違えたのだ」
「いや、その、言葉にするのも恐れおおいような、あ、あの、頭を打ってから、耳の調子が悪くて」
「部屋に行くと言ったのだ」
「ま、待て、待たんか、麗孝じゃなかった、皇太子、さ、さま、さまさま。事情をわかってないんだ。非常にそれは、ダメだ! まったく困る。拒否権しかない!」
なんなのだ、この実に見事な手のひら返しは、今はそれどころじゃないだろう。身内が住んでいる後宮に殺人鬼が紛れこんでいるんだ。
俺は立ち上がって、「じゃあ、そういうことで」と言った。
「魅婉、おまえは変わった。なぜなのか、理由があるはずだ。それに、その顔で男みたいな口の聞き方をするのは、新鮮で、その上に魅力的だ。そそられるぞ」
「行くぞ、天佑。こいつは、どうも狂っているようだ」
「こ、こら!」
天佑はあわてて、俺の口をふさぎ、敬語を使うのを忘れた。
王都の警察機構『刑部』を、現代の警察と同じとするのは間違いだ。
現代の警察は捜査はするが、裁判をして犯罪者を断罪する組織ではない。一方、裁判所と警察組織がいっしょになったのが『刑部』である。
東廠は警察組織と似ているかもしれない。
疑わしい人物を捕まえるだけの組織で、警察より、さらに権限が低い。
「なあ、天佑。刑部との関係はうまくいっているのか」
「まあ、それなりには」
「皇太子を動かして三日の猶予を得たことは刑部にも知れるだろう。越権行為で、おまえの立場は悪くなるのかな」
「お気になさらず。いずれにしろ、王族直属の傘下で威張っていると思われているのですから」
「なるほどな」
朱鳥殿(主殿)を辞した俺たちは、そのまま東廠へと向かった。
「それにしても、明明の告白が呪術によるものだと、なぜ見抜かれたのでしょうか、魅婉さま」
「天佑、俺は呪術と見抜いたわけじゃない。あれは方便だ」
「つまり、呪いではないということですか」
「ま、なんていうか。呪いのようなものかもしれんが」
俺たちの数歩下がって、静かに暁明がついてくる。
「なあ、あいつは常に、ああなのか?」
「暁明ですか? それは、あなたさまの方が、よくご存知のはずですが」
「それが、よくご存知じゃないんだ。数日前から、急に態度が変わったとか」
「別段、いつもと同じです。暁明は無駄口を叩きません、仲間内でも打ち解けずに、ひとりでいることが多いのです」
「では、違うのか」
俺は背後を振り返って暁明と視線を合わせた。彼は俺を見ていた。その目は何事か考え込んでいるかのように、虚だった。
「暁明、どうしたんだ」
「あなたは、いったい誰なのですか?」
彼はまるで、天気がいいですね、というような自然な口調でたずねてきた。寡黙なやつは、実際に何も考えていないと言ったが、例外もあるかもしれない。
「どっからどう見ても、
「確かに、外見は……」
「暁明よ、この人は、それほど
「まったく見知らぬ他人のようです」
俺はふたりの顔を見た。
「ま、そのうちに説明するよ。だが、心配はするな。魅婉はいる。ただ、昔の魅婉は拗ねて、というか、絶望しているだけだよ」
「ますます、意味がわかりませんが」
「なあ、暁明。魅婉のためを思うなら、今は黙っておけ。説明しようと思ったこともあるが、時間が惜しい。ともかく、今は明明だ。彼女をどこに捕えている」
「
皇太子に頼むために時間を使いすぎた。
この間にも森上莞は俺を見張っているにちがいない。情弱な世界ではあるが、逆に、それが彼にとって有利になる。
SNSで、奴の住処を辿れたのは、奴がアクセスしてきたからだ。
発見できないとタカを括っていたのだろうか。
いや、違う。
奴は自らの承認要求を満たすために、あえて危険を承知で接触したのだ。奴は、そこに、こう書いてきた。
『幸いなことに、感情とか愛情とかいう極めて面倒なものを、神は僕に授けなかったのだ。僕が犯罪者だと言うのは驚くべきことだ。僕は、ただ、敬愛する神のように、地上で生きる者たちの欲や希望をかなえただけで、それが罪だというなら、すべからく人は罪深い。それこそが神の
神という言葉をよく使う奴だった。おそらく、自らを神になぞらえ、全能感に酔っているのだろう。
(第1章完結:つづく)
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