事件現場で三角関係
第二皇子ではあるが、第一皇子が夭逝したため皇太子になったという経緯がある。帝である
俺は『離れ』とはいえ東宮に居を許された、いわば彼の妻のひとりになるんだが。
この男が夫かと意識したとき、視線を感じて振り返った。
彼は俺を見つめ、視線があうとすぐ伏せる。
これは、とんでもなく複雑な状況だ……。
俺は、もともと滅多なことには動じない。それに、色恋沙汰ってのは苦手だ。しかし、この因縁の幼馴染、三人組。おい、
返事がない。
じゃあ、勝手にやらしてもらうからな。俺にとっちゃ、二人とも関係ないしな。
「天佑」
「はっ、皇太子さま」
皇太子は眉目秀麗な男だ。松明の炎が照らす鼻筋がとおった横顔は色気があり魅力的で、さぞかし女官たちの目を釘付けにしていることだろう。
この威厳をまとった男の妻が俺とは……。
側室のひとりとして、夜伽に呼ばれたことはないようだが。
想像するだけで吐き気がする。
この若者が寝室で……。女でもそんな経験は少ないのに。いや、俺、なに、ここで動揺して告白している。
聞かなかったことにしろよ、魅婉。
「魅婉さま、魅婉さま」
細い声が俺を呼んでいた。太華だ。慌てふためいて、俺の腕をひっぱり強引にひざまずかせようとしている。
「
「はっ」
皇太子の命令は絶対だ。
天佑が部下に指示するまでもなく、野次馬根性で来ていた関係のない女官や宦官たちは腰を落としたまま、大慌てで後ずさりしていく。
「では、余に状況を説明してもらおうか。その前にだが、なぜ、魅婉がこの場にいる」
「恐れ多くも、魅婉さまには居ていただく理由がございます」
周囲の状況を観察しながら、そうっと太華とともに去ろうとした俺に、天佑が大迷惑なことを言い放った。
「殿下。魅婉さまは大変に見識が深く。検視医官も顔負けの考察をなさいます」
こ、こら、天佑。そんな留めを刺すな。逃げられんじゃないか。俺はな、この皇太子に関心を持たれたくないんだ。
静かに逃げようとして、逆に注目を浴びてしまった。
どうする、どうしたらいい?
(おい、
返事がない。
完全に意識を閉ざしているのだろう。
(いいか、俺をほっとくと、かってに暴れるぞ。状況は非常にまずいんだ。わかるか? この女を殺した異常者を俺は知っている。完全にイカれた殺人鬼だ。そして、なお悪いことは、その異常者は、おまえの中にいる俺が誰か、おそらく気づいたはずだ)
俺は心に語りかけたが、やはり返事をする気がないようだ。
一方、
「お姫さま」
太華に袖を引かれた。
「ここから、こっそりお逃げにならなければ。姫さまのような方がいらっしゃる場所ではございません」
耳もとで囁く太華の声は心配を通り越して泣きそうだ。
「ああ、まずいよな。わかっている。撤退だ」
そうっと這いつくばったまま、背後に後ずさった。
天佑の説明を聞く
しかし、
羽織っていた上衣を脱ぐと、控えている従者に手渡して何事か囁いた。
従者はうやうやしく上衣を捧げ、哀れな裸体を晒す女を上衣で隠した。
「もったいない、殿下。わたしの配慮が足りませんでした」
「
第一印象では冷たい男に思えたが、この皇太子、なかなかの人物かもしれない。
しかし、今はボケっと、そこに感心している場合じゃない。
逃げるが肝要だ。
うっかり好奇心を煽り、まさかの
逃げ道を探して背後を振り返ると、もうひとりの幼馴染、
死刑は免れたが、王家の宦官として働いている男……。
奴の気持ちは複雑だろうな。
心配気な視線で俺を見つめる
「どこへ行こうとしている。
深く自信に満ちた声が聞こえた。これは
しまった!
ため息をつき、俺は、さっさと立ち上がった。
「殿下。おひさしぶりです」
で、いいんだよな。
「ああ、ひさしぶりだ。ずいぶんと元気そうだ。気うつは晴れたか」
いや、親を殺したのは、おまえたちだろう。気うつ程度ではないぞ、
それらを理解して言っているとすれば、その上、これが凄惨な事件現場での言葉だから、余計、その気楽さが異様でもある。
いったい、こいつは何者なんだ。
「それで、魅婉? どこへ行く」
「いや、あの、あっち方面に?」
「天佑、魅婉の見識とは、どういうものだ」
天佑は俺の言葉を繰り返した。
「ほおお、いつの間に、そんな知識を仕入れていたのだ。驚いたな」
「そ、それほどでも」
「ここに残れ。あとで、そなたにも聞きたいことがある」
太華と目があった。なんだか、彼女に謝りたい気分になった。
(つづく)
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