後宮に巣喰った悪魔
宮殿には帝が政務を行う表の場と私的な裏の住居があり、その奥には皇后を筆頭とした女の世界、後宮がある。
また、敷地内の東側には皇太子が住む場所があり、全体的に見れば、ここもミニ宮殿になっている。
帝の住む本殿と同じように政務を行う表の場と私的空間に分かれていた。
これら全体を、帝の王宮とは別にするために東宮と呼んでいる。俺の部屋も東宮の隅っこにあった。
『北枝舎』が正式名称だが、『
事件は、その東宮の敷地内で起きた。
それから……、
部屋に戻るなり、太華は下働きの侍女を下げた。
噂になることを恐れ、他の者を下がらせたのだ。といっても、『北枝舎』には、太華のほかに数人の下働きしかいないのだが。
かつて、皇太弟が権勢を誇っていたころ、数十人の使用人が魅婉のためだけに働いていた時代もあった。
「
太華の目を通した俺の姿は相当にしどけないものなんだろう。
まったく、女の格好なんてわからん。
布で大事なとこを隠しときゃ、ことは足りるだろう。
ちがうのか?
しかし、この姿を
おそらく
「お外で、何かがございましたようで、東宮の敷地内が騒がしくなっております」
「ああ、知っている。それで着替えに戻った」
太華は素晴らしい手際で俺の衣装を整えていく。
外からは槍や剣が重なる音が聞こえてきた。太華が部屋の障子を少し開け、外をのぞいた。
「
「東廠とはなんだ」
怪訝な表情を浮かべた太華は、軽く吐息をもらしてから説明した。
「宦官たちで組織された、王族直属の秘密組織にございます。提督東廠であられる
「わかった、太華。我らも出ようぞ」
「な、な、な、な、な、な、な、な、何を申してらっしゃる」
「いいから、行くぞ。場所はわかるか」
俺は引き止める太華を引きずるようにして、
庭に面した渡り廊下を歩いていく。周辺は常とは違って騒がしい。
「現場はどこになる」
「現場とは?」
「犯行が起きた場所だ。いや、説明が悪いな。つまりだ、殺人が起きた場所のことだ」
「ひ、ひぇ〜〜。縁起が悪うございます。祟られでもしたら。どうぞ、姫さま、お心を鎮めてくださいまし」
「太華、俺を姫と呼ぶな。いい加減、気づけ。俺は
太華は、ぱたっと床にひれ伏すと、その場にうずくまった。両手を合わせ、神に祈るように意味不明の言葉を唱えはじめた。
「あずまにセイリュウ、なむスザク、とんでビャッコにゲンブましましッ!」
……???
「いったい、何を奇妙な言葉を唱えている」
「姫さまに憑いたものよ! 四神のお導きによって、この世から去りたまえ! あずまにセイリュウ、なむスザク……」
ああ、もう。おまえに言われるまでもなく、こっちが切実に、ここから去りたいわ。
男ならまだしも、女の、それも華奢でかわい子ちゃんになったなんて、警視庁捜査一課のメンバーが聞いたら、生涯、お笑いネタだぞ。
はあ……。
いいか、獅子王。この頑固な女に理路整然と説明しても無駄だ。ここは折れるしかない。
郷に入っては郷に従えだ。
「太華よ。大丈夫よ、わたくしよ」
「おおお、姫さま」
「ごめんね、太華。ちょっと、からかっただけなのよ」
「姫さま、お冗談がすぎますけれど、そのようなイタズラをなさるなんて、おかわいらしい姫さまに戻ったようで、太華は嬉しゅうございます」
「だからね、太華、事件の場に連れていって」
「そ、それは」
「大好きな太華、お・ね・が・い」
ああ、鳥肌だ。鳥肌が立つ。
「しかし、姫さま」
「また、俺に戻ってもいいのか!」
「ま、参ります。わかりました、参りますとも、姫さま。ただ、目立たぬように致しませんと。あの恐ろしい提督東廠の……、
太華はぶつぶつ呪文を唱えながら、それでも現場に案内した。
皇太子の私室、いわゆる東明殿の裏に渡り廊下があり、桜徽殿(皇太子妃の住まい)、
もともとは、年老いた女官たちが最後を迎える場所だった。
『
事件は、その北枝舎近くの城壁でおきた。
外壁は二重構造になっており、宮殿と外を隔てる高い外壁があり、その内側に、もうひとつの外壁が東宮を囲むように作られている。
北枝舎の前庭には大きな池があり、梅の木が何本か雅に植えられいる。
池の向こう側、外壁に背中をあずけるように、その女官は殺されていた。
(つづく)
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