第3話

次の日。

 コンコン……。

 千歳がいつものように本を読んでいると、ノックと共に明るい声が聞こえた。

「あの~、すみませーん。入ってもいいですかー?」

「どうぞ」

 ガラガラガラ……。

「よっ、調子はどう?」

 宙斗が人懐っこい笑顔で、扉の側に立っていた。

「あっ、あなたは昨日の……」

「そういえば、昨日は君の名前も聞かずに帰っちゃったからな。……では、改めて、自己紹介。俺の名前は羽川宙斗。宇宙の宙に一斗缶の斗で、ヒロト。この近くの県立緑ヶ丘高校二年A組。部活は陸上部。趣味は身体を動かすことと音楽を聴くことかな。……君は?」

「私は、音無千歳。……音の無い千年の歳月と書いて、音無千歳。趣味は読書かな……。歳は十七歳だよ」

「俺の一個上か~。……もしかして、先輩?」

「ううん、私も学校に行けていれば、高校二年生だから」

「行けていればって……」

「私、ずっと入院してて、高校には一度も通ったことないの」

 宙斗の笑顔が動揺の表情に変わる。

「え……。じゃあ、勉強とかはどうするんだよ?」

「中学までは休みがちだったけど、一応卒業は出来たの。……でも、高校入試は受けなかった。病状が悪化しちゃったから。それで、ずっと入院。……勉強は通信教材もあるし、主治医の桂先生もたまに教えてくれるから大丈夫だよ」

 千歳は笑顔で答える。

 でも、その笑顔はどこかぎこちなくて、無理に笑っている様だった。

 千歳は、本当は……

「本当は、寂しいんじゃないか? 俺には、無理に笑って寂しさを隠そうとしてるように見える……」

 宙斗は千歳の強がりを見抜いて、指摘した!

 二人は出会って間もないのに。

 桂先生は、千歳の強がりを知っていても、指摘したりはしなかった。 

 僕は宙斗という人間はどういう者なのだろうと思った。

「……寂しい」

 千歳はとても素直な女の子だ。

 必死で寂しさを隠したつもりでも、顔に出てしまうのだ。

 今まで、千歳の周りの大人たちは千歳の寂しさを理解はしていても、指摘したりはしなかった。

 千歳は、寂しくても笑ってられる強い子なのだと思っていたのだろう。

 だから、面と向かって寂しさを肯定されたのは初めてのことであった。

「……私は、本当は……、友達が欲しい。普通に学校に行って、勉強したり運動したり、友達といろんな話がしたかった!」

 千歳は今まで溜めていた気持ちを涙とともに吐き出した。

「じゃあ、俺が千歳の友達になってやる」

「……え?」

 千歳の涙が止まる。

「来られる時は毎日ここに来て、千歳と話す。千歳が辛い時は俺に言え。千歳が少しでも、辛くないようになんとかするから。……だから、よろしくな」

 宙斗が笑顔で手を差し出す。

「ほら、友情の握手」

「なにそれ、ちょっと古いよ」

 千歳が苦笑しながら、自分の手を宙斗の手に重ねる。

 この瞬間、二人は友達になった。


 羽川宙斗という人間は、出会ってすぐの相手にも真っ直ぐに接することが出来る。

 僕が見た中でも、こんなに真っ直ぐに自分の気持ちを伝えられる者はいなかった。

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