3
見繕ってもらった新しい服を着る。何処がよくてどれが旬なのかサッパリ知らない。他にも四着ほどあるから三年ぐらいは持ちそうな気がする。彼女には感謝してもしきれないな。
酒も煙草もやめるか、依存症気味には絶対辛いだろうが、そっちのほうが身を擦り減らさなくて済むだろう。
鏡を見て神妙な顔をしていると準備が終わったらしく、さっそくキャリーケースに必要なものをまとめて外へ出た。朝六時、昨夜は雪が降ったようで車の上には雪が積もっている。まだ人の少ない道で五月蠅いキャリーを転がすのは申し訳ないが、重すぎて持てないので心の中で謝った。
高速鉄道幹線に乗って眠り込んでしまい、危うく目的地をすっ飛ばしそうになったが無事についた。山々は白い化粧を施され、巨大な水面が鏡のように凍っている。
「ゆったり過ごすにはいい土地だな。何もないけど」
「地上を維持するために地下がすごいらしいよ。ほらこっち、エキナカからすぐ行けるから、帰る時も楽だよ」
夜七時、非常に遠くまで来た感覚がようやく体に
私は今見ているものが信じられなかった。
地下は恐ろしいほど広い。ビルが天井から伸びて下まで生えており、車は排気ガスの制限で走っていないがまるで地上のように整備されている――急患を運ぶためみたいだ。さらに温泉が街のあちこちから吹き出し、人々はそこで温泉卵やトウモロコシまで調理していた。
「どう、すごいでしょ」
声にもならず頷いた。この時間からすることはないから、さっそく地図を見ながらホテルを探す。この時期は客が多くて予約が取れないらしいが、彼女が半年前から計画していいホテルが取れたようだ。あり難きこと感謝せむ。
そのホテルは限りなく無限に思えた。ロビーに桜が満開で出迎え、人々が笑顔であっちこっちを行き交う。客室は数えることすら億劫になるほどだ。
「言葉にできない」
彼女は喉を鳴らして上機嫌。それでいい。辛き仕事の継続に心を痛む必要もない。今日明日明後日、無一文であろうと幸のみあればよしと思える……そうはいかないのが残念で仕方ない。
「荷物置いたら観光するよ。いいっぽそうなところいっぱいあるんだから」
地図を見ながら指をさす。
「何処へでも」
初めに向かうは大通り、地上を知る人間からすると車が走っていないのが不思議だ。太陽のように眩しく、しかし熱くない照明が辺りを照らす。
観光地らしく、店が多く立ち並ぶ。中には温泉卵を売るところ、地上の絵を売るところ、人力車。地下暮らしと地上の人間は区別しやすい。片方は肌白く、瞳も薄いが、色付きの肌、濃い瞳を持つ。隔絶された世界と思え、確かに、観光地となる意味もわかる。
「買いたいものがあってね、多分こっち」
少し人が少ない店に入る。表からは見えない独特な色使い、売るものも特殊だ。ベールを被る被り物、暗い大通りの写真、背景が可笑しくなる鏡。
「あっあった、これ」
彼女はボトルを手に取った。トロミのある透明な液体。俺はそれを見たことがある、一度使われた。
ぎこちなく美味しそうと言うと、彼女は悪魔のように笑みを浮かべ、店員に渡す。何かもう一つ買おうと鏡も渡した。
「不思議だよね、この店」
「裏を見てる感じだ。惹かれる」
後も店々を巡る。季節のものに民族衣装、約束された人活版に特産品。一日目にしては多過ぎることをした。
彼女は一本の酒を買って、今日の夜に飲み干すと宣言した。夜酒の肌にわろしと思えども、別に、別に、タバコを蒸すわけでなし。
とろける酒に理性の壁を除かせて、二日目を終える。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます