第30話

「どうだ王女アイリス、アンヘルを養子に迎え入れてみないか」

老皇帝は髭に覆われた口角を微かに上げてそう聞いた。

アイリスは何かに詰まったように考え込んでしまい、周りの貴族たちも突然の提案にざわついていた。

「本人はそれでいいのか?」

私の口からこぼれ出た言葉に皇帝は揺らぐことがない。

これでも孤児院で長く暮らした身なので養子に出る子供の気持ちは多少わかるつもりでいる。

「まだ5つの幼子にも自分の考えというものはあるだろうに、大人の都合で親から引きはがしていいとは思えぬ」

「魔族が人間の幼子の心を語るとはな……いや、元は王国に生まれたのだったか」

「15で魔王の紋章が浮かぶまで孤児院で生まれ育った身ゆえ、親なし子の気持ちは多少なりともわかる。アンヘル自身が我々のもとで暮らすことを望むのなら私は拒まぬ」

アイリスは目を見開いて私を引き寄せて耳打ちで「何言ってるのよ!」と言い出す。

「養子縁組なんて実質帝国による王国乗っ取りの口実よ?!」

「たとえ養子だとしてもその子が皇帝と帝国に従わなければ王国の自立は保てる、暴力をふるう実親よりも自分を心から愛してくれる養父母に従う例を何度も見てきてるから。

それに子作り魔法がまだだしね」

そう、私たちの間に子どもを作る魔法はまだ見つかっていない。

アイリスが居なくなった後のことを思えばここで養子をとるのは悪い選択に思えなかった。

耳打ちでの会話を終えるとアイリスは溜息を吐いて私を見る。

「ノアがそういうのなら王国内部でも検討する」


****


皇帝との衝撃的の対面を終えて客間に連れていかれると、養子縁組の打診についての手紙を書きあげ速達魔法で手紙を送った。

「お茶入れたよ。ところでアンヘルって確か皇太子の長男だよね?」

「そうよ」

そんな時補佐官がさっと口を挟んできた。

「皇太子が16の時に視察先の子爵家のメイドに手を付けて、当初は正妻との結婚目前なのもあり堕胎させるつもりが男の子という事でいざという時のために残しておいたようですね。

ですが母親が子供を産んで三ヵ月もたたずに死亡したので養育のため王宮に連れてきたようです」

「ロクでもないな。養育状況は?」

「実母の勤め先だった子爵家からメイドが一人ついて来ていますね、あとは専属騎士や料理人が一人づつ付いているようです。皇太子訪問の痕跡はほぼなし、宮中行事以外で顔を合わせる様子はありません」

「そうなると実父への愛着はなさそうだな……。メイドや専属騎士ごと連れて行けば王国に愛着を持ってくれるかもしれないね、アイリスはどう思う?」

「専属騎士や料理人はともかく子爵家からついてきたっていうメイドさんくらいなら連れていけると思うわ。まあ王国内での反発は間違いなく出ると思うけど」

「その時は魔王城で養育してもいいかもね、魔族と人間に囲まれて暮らしてくれれば融和にもつながる。

とりあえず隙を見てアンヘル皇子本人に会いに行ってみない事には分からないけどね」

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