第10話
王都をゆっくり見るのはいつぶりだろうか。
この街から連れ出されて3年の年月が経ってもっと変わったかと思っていたが、思ったよりも記憶に近い姿が続いていた。
強いて言うならば馬車にも乗らず王女と一緒に普通のツラして歩いてる魔王に困惑する人がちらほらいるぐらいだろうか。
私は魔族の血が薄いほうなので角や牙もなく意外に普通の人間に見えるのも彼らの困惑の原因だろうか。
勇気ある子供が石つぶてを投げるのが見え、触手で石をキャッチする。
「私を狙うのは勝手だがアイリスを狙ったのなら10倍にして返すぞ」
私がそう告げて触手で掴んでいた石をそこらへんに置いておく。
「……みんな不安なんだろうな」
「ノア、大丈夫よ。あなたが私たちの敵ではないことはゆっくり伝えてていきましょう」
そういってぎゅっと私の手を握り締めてくれ、私もその手を握り返す。
アイリスの手は柔らかくて暖かくて幸せだと心底思わせてくれる。
「うん」
のんびりと歩きながら困惑と敵意の入り混じる視線を浴びて王城を目指す。
さっきの子供以外に直接的に手を出すものが少ないのは王女であるアイリスまで被害を受けたら困るからだろうか、とぼんやり考えていると遠くに見覚えのある顔があった。
「あら、あそこにいるのシスター・アマリリスだわ!」
そういってアイリスが指をさした先には老修道女がぽつんと立っている。
私が暮らしていた孤児院の総責任者だったシスター・アマリリスと視線がかち合った。
「シスター・アマリリス!」
思わず私が駆け寄るとシスター・アマリリスは茫然と私を見つめていた。
向こうもやはり私のことを覚えてくれていたようでその目には驚愕と動揺がにじんでいた。
「あなたは、本当に魔族の子だったのですね」
「そうだったようです。15歳の誕生日、そこにいるメフィスト補佐官に連れていかれるまでずっと知らずにおりました」
シスター・アマリリスは体の力が抜けたように地面に膝をつくと自らの首にかけていた十字架を取り出した。
「……神よ、悪魔の子を育てたもうた我が罪を清め祓いたまえ」
その言葉はつまり信仰のため私を殺すべきだったと言い出したのだ。
「シスター・アマリリス。私の両親は人間だったと以前おっしゃいましたよね、つまり私は魔族の子であると同時に人間の子でもあるはずです」
これはシスター・アマリリス本人が言っていたことだった。
自分の胎から生まれた子供が自分と似ても似つかぬ褐色の肌と赤い髪をしていたことから預けられた、預けてきたのは人間の夫婦だった。確かにそう聞いている。
「しかし人間の胎から悪魔が生まれるなどあるはずが」
「魔王城最古の資料に『万物の創造神は同じ腹から魔神と人の神を産み落とした』という記述がございました。
検証は必要でしょうが同じ腹から生まれた兄弟が祖となればそういうこともありうるのでは?」
これは新しい魔王の居場所探しに難航していた補佐官が古い資料をあさってぶち当たった記述だ。
そしてこの記述に一縷の望みをかけて王国へ探しに出た時に薄いとはいえ魔族の血を引いた私が人間界にいたのを見付けた時、その記述の信ぴょう性の高さを確信したという。
「そんな……」
「私たちはみな同じ万物の創造神から生まれし子と思えば、必要以上に憎みあういわれはないと存じます」
この話を聞いていた周りの人々がざわつく。
王国の教会では万物の創造神なんて聞いたことがないので動揺と困惑が広がっているのだろう。
魔族の間でも知名度の低い話なので結婚への反感を下げるため、写本を配って広めるように指示は出してある。
(やっぱいずれアイリスを通して総本山に献本した方がいいかもな)
受け取ってもらえるかは怪しいが出来ることはやるしかない。
「シスター・アマリリス、これだけは信じてください。あなたの慈悲と愛によって私は育ちました、ですから私はあなたに可能な限りの恩を返したいと心から考えております」
用意したのは王都で流通する金貨の詰まった袋を3つ。
「1つはシスター・アマリリスに。残りは孤児院の子供たちに使ってください」
側にいた孤児院出入りの商人が袋を開けて金貨を品定めすると「本物だ」とつぶやいた。
彼ならば町でも一定の信頼が置かれているからあとは任せよう。
「これがあればしばらく豆と芋のスープは食べずに済むでしょう」
そういって軽く頭を下げてアイリスのもとに戻る。
「初耳の話があったんだけど?」
「魔王城についたら話すよ。さ、荷物を積んだら一緒に行こうか」
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