第9話

アイリスとの結婚を宣言して一週間、約束通りアイリスを迎えに行くことにした。

前回行ったときは飛行魔法でサクッと飛んでいけたが、今回はアイリスの負担を考えて馬車を立てることにした。

私たちの馬車は四頭立て、魔族にとって最高級品の木材や鋼材をふんだんに使い繊細な彫り物や強度のある足回りが自慢の魔王専用の品である。

しかも現在では失われた空間魔法のおかげで王族の別荘並みの広さが確保され、浴室・便所(これも魔法のおかげで臭くない)・寝室付きの快適超便利仕様。

(……空間魔法習得できないかね?)

そうしたらアイリスのいる王城と魔王城をつないで行き来できるのだが、いかんせん失われた秘術なので復元するのは大変そうだ。

「ま、アイリスに飛行魔法を覚えてもらえばいいか」

「そもそも飛行魔法を普通に使える人自体が極めて稀だということ忘れてませんか」

補佐官の冷静な突っ込みで思い出した、そういや飛行魔法ってある程度の技量があれば覚えられる割にマナの使用量が莫大すぎて魔王・勇者・賢者クラスじゃないと使い物にならないんだった。

「まあそこは自然マナを回収して飛行力に転化させればイケる」

「出来るんですか?」

「アイリスと魔王城に戻る間に作ってみるよ、基本理論は大体思いついてる」

そう告げると補佐官が「ありえない」とドン引きしていた。

自然マナの回収は難しく思えるだろうがマナを含んだ空気を引き寄せ分離するフィルターを作れれば低コストで回収できるはずだし、素材集めは魔王城周辺で入手するのは手間だけど王国では容易に入手可能なものが多いのであとは小型化できるかが肝だ。


「じゃ、迎えに行こうか」


****


迎えの馬車を飛行魔法で飛ばすこと3時間弱、王都の入り口に馬車を下ろすと兵士たちが寄ってたかって槍を向け剣を引き抜いてくる。

「約束通り女王アイリスを迎えに来ただけなんだが」

「王女殿下を魔王のものにさせてなるものか!」

血気盛んな兵士たちを結界に閉じ込めると「開けろ!」「卑怯者ー!」と騒ぎ立てる。

その中のひとりには不思議と見覚えがあった、栗の実のような茶色の髪にきつい目つきの小さい男だ。

「……おまえ、セシルか」

セシルは同じ孤児院にいた少年で私を魔族の子といじめていたうちのひとりだった。

よく見れば眦に特徴的なほくろ、やはりあのいじめっ子のセシルだ。

どろりと昔の怨念が自分のうちに湧き上がりその結界でセシルをひねりつぶしたい衝動が沸き上がる。

「まさかあのノアか!」

セシルは私を見てようやく気づいたらしく持っていた槍を結界に突き立て「あの時殺しておくべきだった!」と言い出した。

「お前がいたせいでうちの孤児院のガキはみんな魔族の子だと思われてたんだ!お前のせいで!」

「だから私をなぶっていい理由にはならないだろう、私は八つ当たりの道具なんかじゃない」

セシルのいた結界を狭くすると支給品の槍はパキパキと砕けていく。

ここでセシルを殺せば私の気は晴れるが、アイリスやこれからの私たちのためにならない。

その一念でぐっとこらえてセシルの結界を小さく小さくしてから、石化の魔法陣を足元に書き上げる。

「お前の喉から下を石化させる。解除は千年後だ、悔い改めろ」

結界解除と同時に喉から下が一瞬で石になるとやめろという叫び声も聞こえない、石化魔法で喉から下が石になったので声も出ないのだ。

ふと王城の門を見るとアイリスとアイリスの警護をしていた騎士が茫然と立っている。

「アイリス!」

急いで彼女のもとに走り出すと「ノア、」と優しく抱き留める。

「全部見てたわ、よく殺さなかったわね」

「見てたんだ……なんかごめんね」

私にとっては殺したいほど憎い相手であってもアイリスにとっては大事な庇護対象だ。

思わずそんなお詫びが口から出ると「気にしなくていいわ」とアイリスが言う。

「あの時殺せばよかった、なんていう相手でも絶対に殺さない。それだけで充分優しいと思うわ」

「ならいいんだけど。隣にいるのは?」

「騎士団長よ、私たちが遊んでるのを遠くで見守ってたあの騎士が何年か前に団長になったの。今回私の警備につくの」

「わかった。一応入る分だけ入れちゃおうか。遅くとも日が暮れる前には出発したいな」

「そうね」

彼女の従者に彼女の荷物を積めるだけ積むように指示を出すと不安押し殺しながら指示通り動き始める。

「せっかくだし、久しぶりに二人で散歩しましょう」

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