最終話 さよならロンリーハート

 手狭な軽の助手席に、はらさんを乗せて。


「……ひろさん」

「な、なぁに?」


 高鳴る胸を抑える間もなく、青天の霹靂。


「今までお世話になりました」

「え!? 何か小原さん、勘違いしてない? あのぐらいでクビなんかならないから」


 ついさっきまでクビを覚悟していた人間が言うのも、どうかと思うけど。


「わたしが、耐えられないんです。信頼して任せていただいたのに、あんな失敗をしてしまって、これ以上皆……広田さんに迷惑かけられない……!」


 大袈裟だよ、たった一度の失敗でしょ――そう言ってあげるのは簡単だ。

 けど、多分そうじゃない。社会に踏み出して間もない小原さんにとって、その一度の重みが、私たち大人とは全然違うんだ。


「……そっか。そんな小原さんに、ここから先はネタバレです」

「……?」

「あなたは多分、この先も失敗を繰り返すでしょう。それも同じ間違いをを二回も、三回も、嫌になるくらい。……人生ってね、後になればなるほど、失敗の積み重ねで出来てるって、段々わかってくるの」


 どう? 私が言うと説得力あるでしょ? とはさすがに口に出さなかったけど。


「……だから、わたしのミスなんて大したことないって言いたいんですか?」


 あぁ、ふてくされた表情も可愛いな、ってちょっと思う。けど今は我慢だ。

 ……我慢。


「ミスの重さは小原さん自身が受け止めればいい。私は責めたりしないし、逃げちゃえなんて無責任なことも言わないよ」

「だったら――」

「でも、こうしてそばにいてあげることはできるでしょ?」


 我慢って、いってるのに。


「……その優しさが、怖いんです。本当はダメなわたしを、いつか見放す時が来たらって思うと……」


 あなたが、そんな顔をするから――。


りんちゃん」

「…………え……」

「頼りない先輩かもしれないけど、これだけは言わせて。どんなことがあっても私、あなたのこと絶対に見放したりしないから!」


 長い睫毛の下で、月明かりが揺れた。


「それでも凛ちゃんは辞めたいって思う?」

「…………や……辞めたく……ない。もっと、みどりさんと一緒に……働きたいです!」

「……私も」


 これぐらい、許されるよね。


「私も凛ちゃんと一緒がいいな」


 重ねた手のひら、お互いの体温が行ったり来たりを繰り返してる。孤独を溶かすこの熱を伝って、私の想い、あなたのハートまで届くといいな。




 電車で二駅分の距離、月夜のドライブ。

 着いたのははらさん家の近所、コンビニの駐車場。


「では……わたしはここで」


 車を降りる間もずっと見つめてる。

 見つめ合えてる。


「……バンド、ライブっていつ?」

「来月……でも、その曜日は――」

「絶対誘ってね? 有給取って駆けつけるから!」


 手を振る私に向けられたあなたの笑顔は、


「はい!」


 初めて出会ったあの日よりも、ずっとずっと輝いて見えた。




  *




 アパートの部屋に戻る。帰宅時間はいつもとそれほど違わない。

 まさか夢じゃないよね――確かめるように、


「ただいま……」


 あなたの名を、小さく言い足して。


 上着を脱いで、タブレットの電源を入れる。

 久々に立ち上げたお絵描きアプリの更新通知に苦笑い。今のうちにペンシルの充電済ませとこう。


 マグカップに注いだアップルティーの湯気が頬をくすぐる。

 待ちきれずに、熱を持った指で画面をなぞる。

 抱えっぱなしだった未練が、いつしか分かち合うための希望へと変わっていた。

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