第2話 時間と言葉と

 小さい頃から絵を描くのが好きで、それだけの理由で入った美術系の専門学校。卒業後の進路なんて何も考えてなかった。

 脳天気な私――ひろみどりが、あの二年間で得られたものなんてひとつもなくて。


 ううん。ひとつだけ、あった。


 たまたま私と「同じ」だって知って、付き合い始めた先輩。

 こんな機会そうそうないから? 興味本位で? そんな気持ちが少しもなかったといえば嘘になる。

 初めて同士のぎこちない関係だったけど、好きな気持ちだって確実にあった。


 でも、二人は「同じ」でありすぎたから。

 お互いに、察してしまったんだと思う。


 先輩の卒業と同時に、二人の関係はそれっきり。私は抜け殻のまま残りの一年を無駄に過ごして、地元に戻って来た。




  *




 学校で使ってた24色のマーカーペンは今、お店で販促ポップを描くのに役立ってたりする。

 三色ぐらいでバランス良く、イラストを添えて、最後にハサミで形を整える。


「っと……こんな感じでどう?」


 私の数少ない得意分野だし、自慢しちゃえ。


「広田さん、すごい……とってもお上手です」

「ありがと。……そうだ。はらさんもポップ書いてみない?」


 私の呼びかけに小原さんは目を丸くする。一見クールに見える彼女の、そんなリアクションが最近可愛く思えてきた。

 ……なんて言いつつ、普段からずっと可愛いんだけどね、りんちゃん。


「わたしがですか?」

「そ。ちょうど買い取りあったじゃない? あの辺り。小原さんのおすすめコメントとか書いてみたりして」


 古いレコード盤が、ざっと二十枚ぐらい。さっき小原さんが興味津々で覗いてたのを、私は見逃してない。


 小原さんが手に取ったのは、グリーン一色――よく見るとグラデーションのかかった――デザインのレコードジャケットだ。


「それ、気になるの?」

「はい、好きです!」

「!」

「みどり、この――」

「!!」

「――色合いが、とても」


 びっくりした……いきなり名前呼びで告白とか……いやいや! 何勝手に妄想してるんだ、私!


「そ、そうなんだ……もしかして小原さん、音楽とか詳しい?」

「詳しいというか、昔いろいろと……大した話じゃないですけど」

「聞きたいな。……聞かせて」


 自分でも何言ってるんだろ、とは思ったけど。

 考えてみれば二週間も一緒に仕事してるのに、この子の趣味とか何にも知らなかったんだなぁって。


「……わたし、親の仕事の関係で引っ越しが多くて――」


 子供時代の小原さんは友だちが出来づらくって、家に一人でいることが多かったんだって。

 そんな彼女――りんちゃんが淋しそうに見えたのかもしれない。隣に住んでた若夫婦の奥さんが部屋に招いて、漫画とか読ませてくれたりして。


「その人が、とっても優しくてくれて…………あ。そういう話じゃなかったですよね。すいません」

「いいよ。続けて」


 昔語りをする小原さんの穏やかで、どこか切ないその顔を、もっと見ていたかったのもある。


「旦那さんが音楽をたくさん聴く方で、こういうレコードとかCDも見憶えがあって――あっ、このカバーアート格好いいですよね!」

「!?」


 興奮気味に差し出した一枚は…………何これ? 鳥なの? 人間? 鳥人間?


「あと、これなんかすっごく可愛いと思います!」

「???」


 えっ? 可愛いの!? マネキンの生首みたいの並んでるよ!?


 小原さんの独特なセンスに私は圧倒されながら、だけど好きなものに目を輝かせる様子が、とっても楽しそうだったから――


「うん…………可愛い」


 状況にかこつけて、本音を漏らしてみた。


「…………あ。す、すいません……」


 うつむく小原さん。はしゃぎすぎたのが恥ずかしかったんだろうな。

 ……なんて見惚れてる場合じゃなかった。仕事中!


「そろそろ小原さんも買い取りやってみたい? 作業終わってからでよければ教えるけど」

「今……聞きたいです」

「おっ、やる気だね~。でも最初だから軽く話するね。今は……これしかないか」


 私はエプロンのポケットを探り、古びたメモ帳を小原さんに手渡した。


「汚くてごめんね。価格査定表。昔と基準変わってるとこもあるけど、CDレコードは同じだから」

「ありがとう……ございます」

「あとでちゃんとしたの渡すね。そしたら捨ててもらって構わないから」

「いえ……大事にします」


 こういうとこ、本当に真面目な子だなぁって思う。

 小原さんが見せるいろんな顔。全部私が独り占めできたらなぁ……。

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