第三十三稿 あたしたちもお姉ちゃんって呼んでいいんだよ~?

「いやーごめんね。つき合わせちゃって……」


 電車の中隣に座った夢子に私は声を掛ける。

 真新しいメイクやヘアアレンジ、綺麗めの服装。

 彼女は初めに会った時から比べると、これぞ大学生といった雰囲気が出てきておしゃれになった。


「いえいえ。私にできる事だったら何でも言ってください。でも……どうしてまりもちゃんやあのハーフの人じゃないんでしょう?」


 彼女は不思議そうに首を傾げている。


「まりもとかアニエスだと初対面の人に何言うかわからないから怖いんだ。その点ゆめちゃんなら安心だし」

「なるほど、そういう人選だったんですね。でも私もいつ弾けるかわかりませんよ……。その時れなちゃんは私を選んだ事をきっと後悔するはずです」

「わ、ゆめちゃんジョーク出たぁ! むしろそれ見てみたいんだけど?」


 なんてわいわいとお喋りをしていると、あと2駅の距離になった。


「それにしても予想していなかった展開になりましたよね」

「そうだよねー。でも、こうなった以上は……ご両親公認で莉子ちゃんに会えるように頑張るつもり」

「わかりますよ。あの子、嘘をついてまでれなちゃんに会いに来てくれたんですもんね」

「だから今日はよろしくね!」


 そうしてついに待ち合わせの駅に到着した。

 地図アプリを確認しながら地下街を先導して歩いていると、


「れなさんここです~!」

 噴水前にいる小さな女の子が手を振っていた。


「莉子ちゃん……あれって冗談じゃなかったんだね」

「当然です! あ、うしろにいるのって1番目立ってなかった人ですよね?」


 どんな覚えられ方なのだろうと思っていると、夢子がすっと前にやってきた。


「莉子ちゃん、私は四条夢子です。よろしくお願いしますね」

「夢子さんですね、よろしくです!」


 2人はにっこりと握手を交わして、すぐに莉子ちゃんが私の元へとやってきた。


「れなさーん、行きましょう! 夢子さんもはやく~!」


 横並びで歩く最中さなか、私と夢子は間に入った莉子ちゃんと手を繋いで案内されるまま一軒家へとやってきた。



「あなたがれなさんね。私は聡子さとこと言います。莉子からはいつもお話を聞いていますよ」

「ど、どうも初めまして。こちらは付き添いで呼んだ友人です」


 口振りからしてこの人が莉子ちゃんのお母さんだろう。少しだけ違和感のようなものを覚えつつ私と夢子は会釈したあと身分証を見せる。


「何もそこまでしていただかなくても。さて……莉子、お母さんお姉ちゃん達と大事な話をするからお部屋に行ってなさい」

「わたしは一緒じゃないのー? まいっか! れなさん達またあとでね~!」


 莉子ちゃんは元気いっぱいに2階へと上がっていった。

 何から話そうかと考えていると、


「お気づきでしょうけどあの子は遅くに生まれた子です。本来なら中学生の親というのは一回りは若いはずなので……」


 違和感はきっとここにあったのだ。

 私はその言葉を受けて理解した。見た目の年齢的に言うなら確かに私の母親より上に見える。


「い、いえ、そんな! 聡子さんは十分お若いですよ!」

「いいんですよ気を遣わなくても。事実、私も主人もそこだけが気がかりなんですから」

「ええと。そ、その……気がかりと言うのは……?」

「莉子が成人する頃には、私達はもういい歳になっています。そしてその先を考えたらいつまで一緒にいられるかわかりません」


 それきり静かになってしまった空間で、私と夢子はお互いに顔を見合わせた。


「だから、あの子のいう事は何でも聞いてあげたいんです。変ですよね、親バカですよね? それでも、私達はあの子の望む事をさせてあげたいんです」


 ふふっと聡子さんが自嘲気味に笑うと、


「事情はわかりました……。でもそれが今回の件とどう繋がるんでしょう?」

 夢子が問い掛けた。


「あの子は兼ねてから姉を欲しがっていました。それと同時に私達にはそれに応えられない後ろめたさがついてまわりました。そんなある時、あの子はあなたの話ばかりをするようになったんです」


 聡子さんは私を見て微笑む。


「でも、私と莉子ちゃんは見ず知らずの赤の他人です……。仮にですけど、私が悪い人間だとしたら確実に後悔しますよ。それでも信じると言うんですか?」

「それだけは危惧していました。心配でした。でも、あの子いつも言うんですよ。色んな人とやり取りしてきたけど、親身になってくれたれなさんだけは特別だって。そして、私も実際に話してみてどことなくわかってきました。ですからお願いします。莉子のお姉ちゃんになってとまでは言いませんけど、今後そういう風に接していただけませんか?」


 その言葉のあと夢子が「汲んであげましょう」と口にして、私は大きく頷いた。


「わかりました。ただ、送り迎えは私が必ずして莉子ちゃんを危険な目には遭わせないと約束します」



「わぁー、これってわたしのためなんですかー? すごいすごい!」


 後日、私達は莉子ちゃんを自宅に招いた。

 彼女は飾り付けられた部屋と料理を見てはしゃいでいる。


「ねえ莉子ちゃん、私達の事お姉ちゃんって呼んでもいいんだよ!」


 とテーブル近くの彼女に言うと、


「えっ、いいの!? じゃあ、れな………おねえちゃん!」

 目を輝かせてとっても嬉しそうだ。


「あたしたちもお姉ちゃんって呼んでいいんだよ~?」

「私もいいですよ」


 それに続いてまりもと夢子が声をあげる。


「ぶっぶー、だめー! わたしのおねえちゃんはれなさんだけだもん! だから2人はぎゃるるんと、ゆめめん!」

「ゆめめん……!」

 夢子は興奮気味だ。

「いや、なんであたしだけ名前じゃないのさぁ。ま、いーけども!」

 まりもも満更でもなさそう。


「じゃあ、ジュースで乾杯しよっか。莉子ちゃん、これからもよろしくね!」

「うん、よろしくね。おねえちゃん!」


 こうして、私達に小さなお友達が増えた。

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