第三十一稿 毒親役やってみたかったのっ!
「さあまりもちゃん、すぐにグラスを空けなさい。今日はとことん飲むわよ~!」
「もしかして無礼講ってやつ? 涼子さん、あたしどこまでもついてくっす!」
目の前のまりもと母ができあがりつつある中、料理を取り分けていると右隣に座った遠坂さんが私を見ていた。
「どうしたの日向?」
「ううん、親子だなと思って。テンションのあがり方とか陽気なところとかそっくり」
「えー、そこまで似てる? そう言われるとちょっと恥ずかしいかな~。はいどうぞ!」
新しく買ったばかりの遠坂さん専用の大きめのプレートを手渡すと、彼女はいつもどおりもりもりと食べ始めた。こうなるとしばらくは無言になる。
「はい、ゆめちゃんもどーぞ」
左隣の夢子に手渡してその表情を見ていると、
「れなちゃんありがとう。えっーと……私何か変です?」
そわそわと前髪をいじり始めた。
「自然に笑えるようになったなーと思って。そういえば学校でも話す子できたんだったっけ?」
「はい。最初は私が喋りすぎて引かれてたんですけど、それがかえって印象に残ったみたいで今では気に掛けてもらえるようになりました」
「うんうん。本当によかったよー」
「これもすべてれなちゃんとまりもちゃんのお陰です。はいどうぞ」
夢子からお皿を受け取る。
それからはわいわいと話をしながら時間が過ぎていき、テーブルには食後のコーヒーや紅茶が並んだ。
「あ、そうそう。買出しに行かなくては。ちょっとまりもちゃんもついてきてもらえますか?」
「え? 特に必要なものはなかったような気がするんだけど」
「さあ行きますよ」
「ちょ、今日の夢子強引すぎんかー!?」
彼女はぎゃーぎゃー言っているまりもの手を引いてリビングから出ていった。
この場に残ったのは遠坂さんと母親と私の3人。
「夢子ちゃんは気が利く子みたいね。さてと、これから大事な話をしましょうか?」
母がこれまでとは打って変わって真面目な表情を見せると、遠坂さんの背筋がピンと伸びた。それを見て私も椅子に座りなおす。
「日向さん。いえ、遠坂さん。あなたはどこまで本気なのかしら?」
「と言いますと……?」
「わからない? ただの遊びとか気の迷いとか、もしそういう事なら親としては一切応援できないと言ってるのよ」
「ママ、ちょっと何言い出すの!」
テーブルを叩いて立ち上がるけれど彼女はこっちを見てくれない。
「れな、大丈夫だから信じて」
遠坂さんの落ち着いた表情を見て、私はただ頷いて見守るしかない。
「れなさんのような人にはもう二度と出会えないと思っています。そして、いつまでもこのままでいるつもりもありません。私はいずれ彼女と寝食をともにしていくつもりですし、蓮見さんには私達のこの先をきちんと見ていてもらいたいです」
「言いたい事はよくわかりました。でも、口だけならどうとでも言えるわ。さっきの言葉が本気なのだと言うのなら、その証明を今からしてみせなさい!」
攻撃的にも聞こえる母の言葉を受けて、遠坂さんは立ち上がった。
彼女はそのまま私のもとへと近づいてきて抱きしめてきた。
「あ、日向。だめだよ。こんなとこでまた……」
「構わないよ。私は誰に何と言われてもれなの事を愛してる!」
そう言ったあと彼女の顔が近づいてきて口づけをかわす。
「蓮見さん、これが私の本気です」
「果たしてそうかしら……?」
「はい……!」
2人は無言で見つめ合ったままの状態になってしまった。
先の事を考えれば、このまま険悪な状態というのはよくない。
そう思った私が間に入ろうと口を開いた瞬間だった。
「あはははっ! ごめんなさいね日向さん!」
唐突に母が大声で笑い出して、呆気に取られた私達はお互いに目が合った。すぐに遠坂さんの視線が戻ると、
「ええと……一体どういう事でしょうか?」
困惑した様子で首を傾げた。
「日向さん、改めてうちの娘をよろしくね!」
あの真剣な顔はもうどこにもなくて、母が駆け寄ると私達を力強く抱きしめた。
「蓮見さん、もしかして私は試されたのでしょうか……?」
「そんな大げさな話じゃなくてね? そもそも最初からどんな答えでもあなたたちの反対するつもりはなかったわ。ただねー、一度『絶対に娘はやらん!』みたいな毒親役やってみたかったのっ!」
「ちょっとママ……何事かと思ったよ。本当そういうとこ子供なんだから~!」
呆れた言い分に私は抗議した。
「れなのハラハラとした顔、初めて見れたし一芝居打った甲斐があったわね」
「もう、ばかばかー」
安心するのと同時に私は肩の辺りを軽くぽかぽかと叩く。
「で、どっちがアプローチを仕掛けたの? やっぱり日向さん?」
「私からですけど……。いけない?」
「へえ、れなからとは意外だったわ。本当に好きになっちゃったのね~」
私を力強く抱きしめた彼女に、過去の別れを思い出すと涙が浮かんできた。
*
「日向、もう帰っちゃうの?」
「せっかくの親子水入らずなんだから私は気にせず一緒にいてあげて。きっと、涼子さんも心からそれを望んでるはずだから」
遠坂さんの去り際、彼女はいつも以上に優しい表情を浮かべている。
「うん……ありがとね。私もいつか、日向のご両親に挨拶したいな」
「あ……。もしかするとわかってもらえないかもしれないけど、それでも?」
俯きがちな彼女から察するに、一筋縄ではいかないだろう事はわかった。
「だからって会わないわけにはいかないよ。それに話してもないのに決め付けちゃだめだよ」
「それはそうなんだろうけど……」
「私、初対面の人には好かれる方だから任せといてよ」
「れなが言うとなんとかなりそうな気がしてきたかも。じゃあ…………その時はよろしくね」
言葉では納得していた彼女が、不安そうな感情を浮かべていただろう事は間違いない。けれど、今日の出来事を思えば私にできるのはこのくらいしかないと思うのだ。
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