EP3 新たな生活
第三十稿 私だって色々とおっきくなってるもん!
「こんにちは。本日は大変お日柄も良く……」
目の前にはがちがちと緊張甚だしい姿。
「さすがに硬すぎません? なんだか結婚式のスピーチみたいですよ」
隣に座る夢子は私に視線を向けた。
「やっぱりゆめちゃんもそう思うよね? おーい。ひ、な、た。普通日常会話でお日柄とかおかしいでしょ。いつもみたいに自然でいいって言ってるよね?」
私は遠坂さんに対して笑いかけるけれど、彼女からは鬼気迫るものを感じる。
「それでもさ、れなの1番大事な人に会うんだよ。そんなの緊張しないはずがない……」
「そう思ってくれるのは嬉しいんだけどー。まあ、まだ時間はあるから少しずつ慣らしていこ?」
母親が来月帰ってこられるという話をすると、しっかりと挨拶できるようになりたいと遠坂さんから申し出があった。
ちょうど夢子が遊びに来ていた事も重なって、せっかくだしと同席してもらっている。
「それでは私がれなちゃんの母役をやります。いいですか遠坂さん?」
夢子は私の想定から大きく外れる発言をしだした。なぜだかやる気満々なのだけはわかる。
「は、はい。
「いいえ違います。私はあなたのママなのですから、そこのところの意識を徹底していきましょう。さて、今一度問います。私は誰でしたか?」
「四条ママ……?」
そういえばこの2人のやり取りは初めてになる。
どことなく不器用なところは似ている気がしていたのだ。
だからこそ、なんだかおかしな展開になりつつあるけれどもう少しその先を見てみたい。
「よろしい。繰り返しになりますが私はあなたの大事な人のお母様です。では質問をしましょう。あなたはなぜ蓮見れなさんに興味を持ったのですか? やはり可愛らしい外見ですか?」
「それも多分に含まれてはいますが、厳密に言えば違います。主たる理由としては彼女の優しさや明るさに触れた折、私の落ち込みがちな心をことごとく突き動かしたからです。決定的となったのは忘れもしないあの日――」
顔が熱くなるようなエピソードが続々と流れてくる。
なんだか面接のようになっている気もするし、そろそろ止めるべきなのかも知れないのだけれどその続きを聞いていたい。
「よくわかりました。ですが、口先だけでは何とでも言えます。あなたの言葉が正しいものなのかどうかこの場で証明してみてください」
「お任せください」
立ち上がった遠坂さんは、私の方へと歩み寄るとぎゅっと力強く抱きしめてきた。
夢子は冷静にその様子をつぶさに見ている。
「ひ、日向? さすがに今は恥ずかしいって……」
「れな。今私達は愛の証明をしてるんだから、何を恥ずかしがる必要があると言うの」
「合格です。遠坂さん、私の娘をどうぞよろしくお願いします……」
夢子は両手でサムズアップをしてご満悦といった表情をしている。
「ほら、お母様もこう言っている事だし」
「いやこの人、私のママじゃないからね?」
*
そうして時間は流れていった。
聞くところによると連載の問題自体はまだ残ってはいるものの、ひとまずは打ち切りの危機からは脱したようだ。
私は今、遠坂さんの運転する車の助手席にいる。押し黙る彼女の横顔を目にラジオから流れる放送を耳にしながら。
「ごめんれな。ペーパードライバーの運転怖いよね。でも、安全運転でいくから絶対に事故なんて起こさないから……!」
安心したのと同時に高速道路を急加速していく車。
「ちょ、ちょっと。力入りすぎだって! リラックス、リラックスだよ~!?」
そうして私達は大事もなく空港へと辿り着いて、約束していたロビーの椅子に座って待っている。
「日向、やっぱり緊張してる?」
「うん……まあ」
「大丈夫だよ。ママはそんなに怖い人じゃないからね」
どうどうと彼女の気持ちを落ちつけていると、ついにその時はやってきた。
「れな~。ここよ!」
「ママ!」
直接会うのは何年ぶりだろう。声だけのやり取りだけで足りないのはとっくにわかっていた。空白の時間を埋めるように私達はハグをした。
「それにしても大きく……あら? なってないわね。むしろ縮んでない?」
「し、失礼なっ! 私だって色々とおっきくなってるもん!」
「んー、そうかしら……?」
「そうなんですー!」
わーきゃー言っているといつの間にか遠坂さんがすぐ側にまで来ていた。
「蓮見涼子さんですね。初めまして、私はれなさんとお付き合いをしています遠坂日向です。早速ですがご自宅までお送りさせてください」
「まあまあ、あなたが日向さんね! れなから色々と聞いてるわ。そうね、話は落ち着いてからにしましょうか」
2人がしっかりと握手をかわすのを見届けたあと車に乗り込む。
運転席の遠坂さんは真剣な表情のまま、終始ゆったりとした運転を心がけていた。
その様子を後の席から眺めていると、隣の母と目が合ってお互いに笑った。
「本当懐かしいわねぇ」
「立ち止まってないで、さあさあ入って入って」
到着して彼女を後から押すようにして家の中へと促した。
「れな。そんなに慌てなくても私は逃げも隠れもしないわよ?」
「いいからいいから~」
そうしてリビングまで辿り着くと、すぐにクラッカーの音が鳴り響く。
「涼子さんひさしぶり!」
「はじめまして、れなちゃんのお母さん」
ソファーの物陰に隠れていたまりもと夢子が姿を現したあと、遠坂さんが遅れてやってきて母に花束を手渡した。
テーブルには用意しておいたケーキと料理が並んでいる。
「どう? ママのおかえり会のサプライズでーす!」
「皆ありがとうね。今日は本当にいい日だわ!」
花束を抱えながら、嬉しそうに笑顔を作った彼女は心なしか涙ぐんでいるようにも見えた。
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