第二十八稿 帰る前にご褒美ちょうだい? ★
「先生、大変申し上げにくいのですが」
緊張気味に遠坂さんが口を開いた。
ここは彼女がよく行く喫茶店で、落ち着きたいときに来るそうだ。
見渡すと昔ながらのお店といった感じを受ける。お客さん達も年配の人とか、ノートパソコンやタブレットに向かい合って仕事をしている人達ばかりだ。
今回私はここに連れられて打ち合わせをしている。
「改まってなんでしょう?」
「実は、連載中の作品の人気が落ちてきています」
「ええっ……! それってまずいですか?」
「すぐにというわけではありませんが、このまま下降を続けるようなら打ち切りになる可能性があると告げられております」
大きく溜息を吐いた遠坂さんは私をじっと見つめた。
最近忙しそうにしていたのはこれの影響だったのかもしれない。
「遠坂さん、私はどうすればいいでしょうか……?」
「ここから軌道修正していくしかないですね。もちろんこれは先生だけの問題ではありません」
その言葉に私は首を傾げた。
「私達はチームだと以前申し上げました。ですから、これまで以上にこちらから働きかけていきます。時には厳しい意見もあるかと思いますが……」
遠坂さんはとにかく言い辛そうに言葉を続けた。
ショックはショックだけど今は拘っている場合じゃない。
何よりも、彼女とお仕事できなくなるのは絶対に避けなければ。
「構いません。ダメ出しや細かい指摘はどんどんしてください!」
「お心遣い痛み入ります。ただ……」
「え、まだ何かあるんですか?」
「そもそもの話、私の修正によってこういった状況に陥っている可能性もあるのです。私は先生のように柔軟な感性を持ち合わせていませんから」
という話がどんどんと逸れていって最終的にはこうなった。
「若い人の考えに近づきたいって……遠坂さんもまだまだ若いじゃないですか」
「いえ、私はどうにも考え方や好きになるものが古いような気がしています」
「うーん。それで……なんでしたっけ?」
「可愛いものに触れて、あわよくば着飾ってみたいんです」
キリッと真剣な面持ちで言うセリフではない気がするものの、彼女は確実に本気だろう。
「そうする事で気持ちを知れるのでは……と、そういう事ですか?」
「はい。つきましては先生にお願いできると嬉しく思います」
「あ、じゃあ、では……!」
「言い忘れていましたが、短い丈のスカートや派手すぎるものは不可とさせてください」
期待に胸膨らませた私はしっかりと釘を刺されたのだった。
*
「では、まずは髪型からいきますか」
「しかし……伸ばしようもありませんし。するとなれば染色などでしょうか?」
「どちらも叶う手軽な方法がありますよ!」
自宅に戻ってきた私はあるものを手渡した。
「ウィッグですか。なるほど……」
「あくまでも自然な色味なので外出にも向いてます!」
「そうなのですね。ではお願いできますか?」
被るのを私は手伝う。
鏡の前には、落ち着いた茶色のゆるふわロングになった遠坂さんが立っている。
それとは反対に彼女はきょろきょろと落ち着かない。
「大分イメージ変わりましたね! やっぱり長い髪も似合うな~」
「そうでしょうか……? なんだか、自分が自分ではないような気がしますね」
「じゃあ次いってみましょう!」
家を出て目的地に向かっていると、その途中で遠坂さんは立ち止まった。
彼女は明らかにそわそわとしている。
「れな……。もう普通に喋っていいかな?」
「あ、そうだったね! ついついお仕事モードになっちゃってた」
「それにしても私って、いつもあんなに硬い言葉遣いだったんだよね」
「そうそう! 最初はすごい他人行儀でさ~」
恥ずかしそうに俯きながらも、自然に笑顔を向ける彼女はあの時とはもう別の人間だ。
そうして、とりとめのない事を話しているうちに目指していたお店に到着した。
「れな、ここって……?」
「ネイルサロンだよー。手だとあれだしこっちにやってもらわない?」
「ペディキュアって言うんだったよね」
「そっそ。せっかくだしお揃いのやってみようよ」
私はお店の人にラメ入りのピンクネイルをお願いした。キラキラとしていて目を引く可愛い色だけれど、意識して足を出さない限りは誰にも気付かれないだろう。
「すごいっ……! 何か気分変わったかも」
施術後の彼女の表情はネイルに負けないくらいキラキラとしている。
そして、上気した頬がとにかく色っぽい。
「隠れたオシャレみたいな感じでいいでしょ!」
「ねえれな。それで次はどこへいくの?」
「ちょっと日向、焦らないでよ~」
大半はまりもの受け売りだけれどコスメや下着、ファンシーな雑貨など。
それぞれのお店を巡るうちに遠坂さんは徐々に変身を遂げていく。
それと同時に表情も変わっていって、彼女の中で何かが生まれていくようにも感じた。
「結局デートみたいになってたね」
帰宅後、彼女は大量の紙袋をテーブルに置いた。
「あ、思った。でも楽しかったからいいじゃん!」
「今日は付き合ってくれてありがとね」
この後もスケジュールがあるらしく腕時計を見ている。
次に会えるのはいつになるかわからない。
「待って。帰る前にご褒美ちょうだい?」
「へえ、れなもそういう催促するようになったんだ。可愛いね」
彼女から頭をなでなでされて、私はお返しをしようにも手が届かない。
「今日ずっと可愛かったのはそっちなんですけど」
「そんな風に言われたら……私がどうなるかわかってる?」
「どうなっちゃうのか教えて」
寝室へ行くと、すぐに押し倒されて息が苦しくなるほどのキスをする。
スマホの振動音を耳にしながら、窓から光の差し込むこの部屋で時間の許す限り心と体を重ね合わせた。
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