第二十七稿 これってセーフ寄りのセーフじゃない?

「あのぉー! どうして閉めちゃうんですかー!? RENAさん、RENAさーん! わたしですRICOですよ~!」


 ドンドンドンとドアを連打した後、ガチャガチャとドアノブを回す音が響き渡る。


「どうして。未成年じゃないって言ってたのに……」

「あの、れなちゃ……。ひとまず家に上げた方がよくないですか? このままだと……」


 背後から夢子の声が聞こえる。


「近所からケーサツ呼ばれるんじゃね? それにさ、ああいう見た目の大学生もいるかもしれないし話だけでも聞いてあげた方がいいって」


 すぐにまりもも続いた。


「そ、そうだよね。さすがにあの子が小学生なはずが……」


 ドアを開けるとすぐに騒がしさは消えてひとまず安堵する。

 身長は私と同じか少し低いくらい。黒髪をツインテールに結んでいて、活発そうな見た目をしている。

 リビングにあげた女の子の正面には私とまりも。少し離れてソファーの後ろには夢子がいる。


南莉子みなみりこさんって言うんだね。ところで莉子さんは……本当に大学生? 学生証って持ってるかな?」


 私はあくまでもにこやかに声を掛ける。


「う……ごめんなさい。どうしてもれなさんに会いたくてウソついちゃいました!」


 あろう事か、えっへんと言わんばかりにその子は胸を張った。


「ああやっぱり小学生だったぁー!」

「いやー、さすがに小学生はちょっとマズいかもねぇ~」

 まりもは苦笑いを浮かべる。


「未成年者連れ込み事案確定しましたね……」

 夢子はあくまでも冷静に呟いた。


「あのあの、おねーさんがた! わたし中学2年ですからね? 小学生ってひどいです。わたしそんな子供じゃありませんから!」


 と言って莉子ちゃんは飛び跳ねてはいるものの、私からすればそこまで変わらないだろうと声に出したい。


「でもさ、この子が来たいって事なら問題なくない? こゆのって同意があればオッケーでしょ?」


 まりもの軽さにはつくづく尊敬する。


「おー、ギャルって初めて見た~! ウェーイ!」

「ウェーイ!」


 まりもと莉子ちゃんがてのひらを合わせる。

 出会って5秒でハイタッチができる彼女は陽キャラのかがみだ。尊敬に値する。


「確かに同意があればよさそうな気はする……。これってセーフ寄りのセーフじゃない?」


 と、勢いに呑まれつつある私は都合のいい解釈に持っていこうとした。


「いいえ、未成年者の同意だけがあってもだめです。れっきとした未成年者略取という罪に当たります」


 どうぞと夢子から法律相談所が運営をしているページを見せられた。

 私とまりもはその内容を読み進める。


「ですが一応親告罪ではあるので……。身も蓋もない話をすれば、親御さんにバレなければ……ちゃんさんの言うようにセーフではあります」

「確かにそうかもしれないけどさ。もしもを考えたら、あたしらただじゃ済まなくなると思うんだけど。だから、まあ……」


 まりもはちらりと莉子ちゃんの方を見た。


「あのー、お姉さん達は悪くないのに捕まっちゃうって事ですか? わたし、そんなの嫌ですよ!」

「一応、保護者の同意があれば大丈夫ではあるみたいなんだけど……。ごめんね。これで理解してもらえた?」

「わかりました……」


 彼女からはこれまでの元気が嘘のように消えてしまった。

 これまでどおり、メッセージや通話でならやり取りはできるけれどやっぱりモヤモヤする。

 眉をひそめたまりも達と視線が合い、彼女にどう声を掛けようか悩んでいると、


「じゃあ、今から聞いてみます!」


 じゃじゃーんと掲げた莉子ちゃんの手にはスマホが握られていた。


「え、それってご両親にって事!?」

「はい! ちょうど今家にいますので!」


 元気よく答えた彼女はすぐに電話をかけだした。


「……今のどう思う?」

「さすがにワンチャンはないっしょ」

「まりもっ、ちゃんと同じく夢子もその奇跡はあり得ないと思います」


 私達がキッチンに退避してひそひそ話をする事3分。莉子ちゃんが満面の笑みでやってきた。


「れなさんのいいところいっぱい話したら、一度会ってみたいって! 今日のところは帰りますけど……今度お母さんとお父さんとお話してもらってもいいですか?」

「え、それどういう事? ねえ莉子ちゃーん!?」


 慌しく家を出ていくその様子に、私達はただと口を開けていた。



『とまあ、今日はそんな感じでね~。色々あったんだよ』


 夜10時過ぎ。いつものように遠坂さんと通話している。

 自宅での仕事が残っているようで、彼女から合間に掛けてきてくれた。


『本当、れなの周りには面白い人が集まってくるよね』

『でしょー。でもまあ退屈はしなさそうではあるかな……?』

『私はれなが楽しそうならそれだけで嬉しいよ』

『ありがと。日向、すきすき!』


 ベッドに飛び込んだ私は画面に軽くキスをする。


『私も好きだよ。れなに次会える日を思ったらやる気が出てくる……!』

『無理はしないようにねー』

『それはいや! 私はれなのためなら無理しかしないっ!』

『日向って、たまに子供みたいになるよね』

『そんな事ないもん』


 通話越しになると遠坂さんのテンションが通常より高く感じて可愛い。

 その誰にも見せる事のない、私だけの彼女にまた嬉しくなってしまうのだ。


『日向まだお仕事あるんでしょ? 私は気にせず切っていいからね』

『れなから先に切って』

『やですー』

『じゃあ、寝ちゃうまでこのままでいてあげるね。おやすみ』


 ちゅっとキスの音がしたあと意識が遠くなる。

 私は幸せな気分のまま眠りに落ちていった。

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