第二十六稿 じゃあ友達の友達も友達じゃん?
「さて、話っていうのは何かな? まあ……予想はつくけどさ」
私は水族館チケットのお礼も兼ねて夢子を自宅に招いている。
リビングのテーブルにはお取り寄せ品のスイーツとコーヒーを並べた。
なのだけれど彼女は緊張した面持ちのまま、それには目もくれず私をじっと見つめていた。
「お察しのとおりこの間の件です。ようやく話す決心ができました」
おずおずと口を開いた夢子に、私は「待ってたよ」と思いを込めて頷いてみせる。
「事の始まりは高校生になった頃でした」
彼女がそう切り出すのと同時にまりもがリビングに入ってくる。当然この空間は静かになった。
「あれ……今マズかった感じ? 失敬失敬、出直してくるね~」
出ていこうとするまりもをすぐに、「
そうして私の隣にはまりも。正面には夢子が座った。
「じゃあ、話の続きを聞かせて?」
私がそれを促すと夢子は語り始めた。
「クラスの人達が、私の声がおかしいってからかい始めたんです。最初は気にも留めなかったんですが、段々とエスカレートしていって……」
「ゆめちゃんはそれで声を出すのが恥ずかしくなったって事?」
私がそう言うと、
「ひっど。それってもういじめみたいなもんじゃない!?」
比較的温厚なまりもには珍しく怒りをあらわにしていた。
「でもさ、ゆめちゃんの声って言うほど変じゃないよね? まりもはどう?」
「変なわけない。てか言いがかりみたいなものなんじゃない? 気に入らない人に難癖つけて叩くなんてありがちなやつっしょ」
「あ、夢子は別にその人達が悪いとは思ってないんです。ただ、そういった声に屈してしまった自分自身を許せなくて」
その声は悔しそうに、これまでになかった感情が篭っているようにも聞こえる。
「あたしだったら、そいつら全員蹴り飛ばさないと気がすまない! ね、れなもそうだよね……!?」
まりもが苛立ちをそのままに私に同意を求める。
「私が当事者なら間違いなくやるね。でもさ、ゆめちゃんは優しいからそれができなかったんだと思うよ」
「優しくなんてありません。いつも自分の事ばかりで、自身を恥ずべきものだと思っているんです。それでも、夢子なりの戦い方を教えて欲しい……それだけなんです」
すがるような表情と視線を彼女から感じて、私はふうと大きく息を吐いた。
「ね、ゆめちゃん聞いてよ。まりもってね、中学の頃めっちゃ暗くてさ」
「あ、ちょっと! れなぁ!」
「今みたいに派手に染めてなくて前髪で目を隠してて、へんなまーるい眼鏡掛けてて、謎のポエム書いてたんだけどね」
「やめて、黒歴史掘り起こさないでえっ!」
まりもは慌てふためいていたものの、話していくうちに落ち着きを取り戻していった。
「でも、柏原さんはどうしてそこまで変わってしまったんですか?」
身を乗り出して夢子は興味津々だ。
「あの頃のあたしはさ、親の言う事ばっかり聞いてて自分の意見なんて何も口にできなかったんだよね。でも、このままじゃいけないってずっと思っててさ」
カップを傾けてコーヒーを飲んだまりもを見て、
「すぐにでも……自分を変えたかった?」
夢子が口にするとまりもは頷く。
「そしたら色々難しく考えすぎてたのが馬鹿らしくなっちゃった。そこからはあっという間に過ぎてったよ。自我を持てたってのは正直大きいと思う。だからさ、夢子も絶対に変われるよ」
「でも、先生はびっくりしませんでした? 友達が急に変わったんですよね」
まりもの言葉を受けて夢子は私に視線を向けた。
「さすがに最初は驚いたけど、中身はいつものまりもだからそのまま受け入れられたよ」
「離れていった子も多かったけど……。れなだけはいつもどおりでいてくれて本当マジ嬉しかった!」
私は照れくさそうにするまりもと笑い合う。
「夢子も、お2人のようなお友達が欲しいです。どうしたら……できますか?」
彼女は視線を落とした。
「前にも言ったよ。私はもうゆめちゃんの友達なんですけど?」
「じゃあ友達の友達も友達じゃん? あたしもそういう事でよろ!」
私はまりもと見合わせたあと、夢子に向かって笑いかけた。
「先生、柏原さんっ!」
勢いよく立ち上がった夢子は瞳をキラキラとさせていた。
「おいおいー、友達同士なのに固すぎだって。じゃあ夢子、ここは呼び捨てかちゃん呼びでいっとく?」
「それいいねまりも! ゆめちゃんどうする?」
「さすがに呼び捨てはちょっと。れな……ちゃん。まりも、ちゃん。い、いいんですかこれ本当に……?」
夢子が戸惑っている
「えっと、どちら様でしょうか?」
画面越しに映った人物は明らかに小柄で顔も幼い。
「RENAさんですか? 今日会う事になってるRICOです~っ!」
彼女はイラストサイトで出会い、今日訪問する事になっていた子だ。
「待ってましたよ。今開けますね!」
そうして玄関口へと進む。まりもが私の隣に、夢子はスナイパーのように開いたトイレのドアの物陰に身を隠している。私はそのままドアノブを回した。
「ちょいちょいれな。この子大学……生?」
小声でまりもが囁く。
「わぁー、めっちゃくちゃ美人さんだぁ!」
と言って待ちかねた訪問者は騒ぎ立てた。どう見ても小学生のようなその姿にくらくらと眩暈を覚え、私はそっと玄関のドアを閉めた。
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