第二十四稿 こういうところ行った事ないから興味あるんだ ★

 月末のイベントが終わった2日後、私は水族館へと来ている。


「まるで海の中にいるみたい……」


 もちろん、天井までガラス張りの水槽をぼんやりと見渡している遠坂さんも一緒。チケットを夢子から貰っていたのもあって、今日は私から行き先の提案をした。


「ここすごいよねー。イルカショーもあるみたいだから今から楽しみ! はやくいこいこ!」


 私は彼女の手を引っ張って先を急いだ。


「この魚はなんだろう……?」


 隣のフロアに入ると、彼女はふむふむと館内の説明書きを読み始めた。

 続けて1つ1つに立ち止まってはじっくりと眺めている。


「さっきから熱心だよね。日向はこういうとこよく来るんだ?」

「あ、えっと。どれが食べられる種類なのかなって」

「あー……確かにそれは気になるよね!」


 やっぱりと言うか彼女の頭の中にはそれしかなかった。

 そして、その様子を喜んで見ている私も同じようなものだろう。


「白身かなこれ」

「日向的にこのお魚はどう調理したら美味しくなりそう?」

「新鮮そうだしそのままお刺身かな。でもフライやムニエルにするのも捨てがたい……。れなはどう思う?」


 以降は、彼女寄りの目線で楽しく会話しながら水槽を周っていった。

 言うまでもなくこれは風変わりな水族館デートに違いない。けれど、一緒にいて楽しければその内容なんて二の次だ。

 そうこうしているとお昼の時間が近づいてきていた。


「イルカショーは2時からだから、何か食べてからでも間に合いそうだね。えーっと近くのお店は……」


 私がスマホを取り出そうとしたところ、


「館内にレストランがあるみたいだよ」


 キリッと即答した遠坂さんの案内でお店を目指す。


「やーっと席空いたね! 今日はどこも混雑してるなぁ」

「あ、そうそう。これ現像できたから見て欲しいんだけど」


 お店での注文後、正面に座る彼女から複数の写真を差し出された。

 パラパラと見た感じではイベントの時に撮ってもらったものばかりだ。


「おー、デジカメより綺麗に撮れてるね! それにしても私のだけすごい枚数……」

「れながいつも以上に乗ってたから、こっちにも火がついちゃったのかも?」

「あはは……恥ずかしー。衣装着るとなんか人格が切り替わっちゃうんだよね」


 料理が来るとお互い静かになって、子供のはしゃいでいる声が聞こえてきた。

 周囲は大体が家族連れといった感じで皆幸せそうに時間を過ごしている。


「で、日向はどうだった?」


 私が視線を戻すと、彼女はサメのお肉を使ったハンバーガーをもぐもぐとしていた。


「思ったよりあっさりしてて白身魚みたい。でもソースがちょうどいい味で」

「食いしん坊か。そっちじゃなくてイベントの話ね!」


 そう突っ込むと彼女は少し照れた表情を見せた。


「皆すごく華やかでキラキラしてて、私はずっと圧倒されてたよ」

「わかるわかる。なんていうか違う世界にいるみたいな感じなんだよね」

「でも、やっぱりれなが1番輝いてたと思う」


 1口どう? とまるで餌付けのように差し出されてそのままかじる。


「美味しいし、嬉しい! あ、でも。また一緒に来てくれるともっと嬉しいな?」

「うん、もちろんそのつもりだよ」


 食事後はショーの開かれる屋外へと向かった。

 ここもお目当てだった人が多いのか座席はほとんどが埋まっている。

 隣の遠坂さんと話をしている最中、アナウンスが流れイルカが姿を現すと場内からは歓声と拍手が起こった。

 しばらくはショーを見ながらお互い楽しんでいたのだけれどその終盤。


「わあっ、すご。来てる来てる!」


 イルカ達からと大きな水しぶきがあがり、それは私達のいる客席にまで迫ろうとしていた。


「れな、こっち来て」


 彼女にぎゅっと抱きしめられて、すぐに顔をあげると上から水滴が落ちてきた。

 よく見ると髪の毛がぐっしょりと濡れている。

 どうやら私が水を被らないようにしてくれていたようだ。


「日向、水浸しじゃん……。早く着替えないと風邪引いちゃうよ?」


 ハンカチを渡したけれどこれだけじゃどうしようもない。


「大した事ないよ。それにれなが濡れなかったから平気」


 咄嗟に身を挺してくれた彼女の笑顔に私はまた惚れ直していた。



「ねえれな、ここ……入ってみない?」

「えっ!?」


 水族館を出た帰り道の事。

 派手な目立つ外壁。プレートには休憩がどうの、宿泊がどうのとか書いてある。

 遠坂さんが指差したのはいわゆるラブホテルというやつだ。


「私、こういうところ行った事ないから興味あるんだ。それに服も乾かさないといけないし。いいよね?」


 彼女の視線から、じいっと逸らせないくらいの迫力を感じて私の喉はと鳴った。


「そ、そっか……。そうだよね。私も初めてだから気になってたんだー」


 思いがけない展開に声が裏返ってしまった。

 これから何が起こるのかを想像すればどきどきとしてしまう。

 そうして、私達はホテルの門をくぐり中へと入っていった。

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