第二十二稿 私達は同じ気持ちって事だよね ★
「ねえ日向……聞いてる? おーい」
足の調子もすっかり良くなった月末、いつもの居酒屋にいる。
周りのわいわいとした騒がしさとは打って変わって、私達の間には会話という会話が交わされない。
「あ、うん」
伏せ目がちになんだかいつもと違って元気がない。
飲み物とお通しだけでがらんとしたテーブル。
どう見ても考え事をしている様子で、遠坂さんからは旺盛な食欲が消えてしまった。
これは間違いなく異変と呼べるものだろう。
「本当に大丈夫なの? 何かあるんだったらちゃんと言って欲しいよ」
「じゃあ聞くけど」
「なぁに?」
「いや、やっぱり……」
目を逸らされる。
「ちょっと、はっきりしようよ」
それっきり、お互いに見つめ合ったまま10分ほど静かな時間が流れていく。私はこれまでになかった緊迫感に固唾を飲んで見守っている。
「じゃあ。れなは……私に何か隠し事してない?」
彼女はようやく口を開いた。
仕事モードでも素っ気なかったのはこのせいだったんだ。
確かに隠してはいるけれど、時間を掛けたサプライズをここで打ち明けてしまうわけにはいかない。
「日向はどうしてそう思うのかな……?」
「だって、電話もすぐに出られない時が増えたし。メッセージだってそう……」
「そういうのってタイミングが合わない事もあると思うんだけどな」
「それだけじゃないよ。もしかして後輩って人と一緒にいるのかなって思ったら気が気じゃなくて」
彼女は消え入りそうな声で呟いた。
「あの子は趣味仲間みたいなものだし、あといつも一緒にいるわけじゃないからね。それに、私は離れてても日向の喜ぶ事しか考えてないよ」
「本当に……?」
彼女はいまだ半信半疑といった表情をしている。
もう今しかないだろう。
予定よりは早くなったけれど計画を実行に移す時に違いない。
「じゃあ行こっか? これから言った事を証明してあげるから」
お店を出て、近くのスーパーで買い物をしたあと遠坂さんの家に立ち寄る。
相変わらず彼女の部屋は綺麗に片付けられていて、見てて気持ちのいいものだ。
「随分とたくさん買ったんだね。ところでれなは何を作りたいの?」
私を手伝うつもりなのだろう。遠坂さんはエプロンを着けようとしていた。
「待って日向、今日は私1人で挑戦してみるよ。だからテレビでも見ながら待っててー!」
といって半ば強引にソファーに座らせた。
いざ包丁を手にすると、彼女が心配な様子で遠巻きから様子を伺っているのがわかる。
私はその視線に対して微笑んで、鼻歌を響かせながら調理に取り掛かる。
一定のリズムで食材を切る。味見は何度もしっかりして、仕上げは愛情という隠し味。
習ったとおりに落ち着いてやればできる。食べる姿を想像すれば何よりも楽しい。
刃物に怯えて料理のできなかった過去の私はもういない。
そうして、肉じゃがと味噌汁とほうれん草のおひたしができあがった。
「すごく美味しかった。正直、れながここまでできると思ってなかったよ」
遠坂さんは食欲が戻ってきたようで大盛りのご飯を3杯食べた。
頬にはお米粒をつけたまま。
外食とはまた違った心の満たされ方に私は震えている。
「まあ、このために料理教室で特訓してたからね~」
そう言いながら、彼女の頬のお米を取ってぱくっと食べる。
「もしかして、電話にすぐ出られなかったのもそのせい?」
「家でも練習してて、1度集中しだすと止まらなかったんだ。あとね、内緒にしてたのはどうしても日向を驚かせたかったの!」
「れな……ごめん。本当にごめん」
彼女の目には涙が浮かび、私はその肩を優しく抱く。
「もう、泣かないでよ~。それじゃ今日は一緒にお風呂入ろっか!」
体を洗い終えて浴槽に2人で浸かる。
今後誤解が生じるかもしれないのを考えれば、この際趣味の事も話してしまった方がよさそう。彼女を不安にさせてしまう要素はすべて取り除いておきたい。
「とまあ、そういうわけなんだよね……。ちょっと恥ずかしいんだけどさ!」
「今度れなの変身姿見せて欲しいな。それから、後輩さんにも挨拶しておきたいし」
「それは構わないんだけどさ。あの子かなり独特だから、絶対に変な事言うと思うけど笑って流してね……」
それからは一緒にそれぞれの好きな歌を歌ったりして過ごした。
「えっと、れな……真剣な顔してどうしたの?」
「日向、ちょっとここ触って。どう?」
体が温まってきた頃合いを見計らって、彼女の手を取り胸のところに強く押し当てた。
同じように彼女の胸に触れると小さく声が漏れ出る。
「……すごくドキドキしてる」
「そうでしょ? でね、日向のもすっごくドキドキしてるよ。だから私達は同じ気持ちって事だよね。それをこの先もお互い忘れないようにしようよ」
ね? と彼女に向けて頷く。
「私も、もっとれなの喜ぶ事をしてあげなくちゃ……!」
かあっと頬を染めた彼女はざぱんと水飛沫をあげて、私に覆い被さるように迫ってきた。
「あっちょっと……せめてあがってから」
私は今どんな表情をしているだろう。
もう彼女に対して抵抗のできない体になってしまったのかもしれない。
狭い浴槽の中で私達は深いところまで触れ合った。
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