第二十一稿 それ、世の女子全員が聞いたらブチ切れますよ

蓮見はすみさんは本当上達が早いわね~」


 トントントンと手早く野菜を切っていると、正面から私の名前を呼ぶ声が聞こえる。

 視線を向ければにこやかに笑う女性が立っていた。


「本当ですか? ありがとうございまーす!」

「まだ通い始めて2週間くらいよねー。これまで来てくれた中で1番教えがいがあるわ~」


 うふふと笑う伊澄いすみさんは料理教室の先生。偶然SNSで見かけてすぐにメッセージを送ったところ快諾してくれた。

 彼女は40代半ばの主婦だ。年齢からは考えられないと言うと失礼だけれど、シワやシミが見当たらないくらい若々しく綺麗な肌をしている。いわゆる美魔女というやつだろう。


 家から電車で20分くらいの距離のここは高級住宅街に位置している。始めはおどおどしっぱなしだった私を伊澄さんや他の生徒さん達は暖かく迎えてくれた。

 私の通う時間は昼過ぎなのもあって、周りはほとんど主婦の人ばかりだ。けれどその珍しさもあってか皆が皆気にかけてくれる。


「れなちゃん、こっちのも食べてみて?」

「こっちのも遠慮しないでいいからね!」

「ありがとうございます。でもそんなに食べられないですよー」


 そうして楽しく和気藹々と週1の時間を過ごしているのだ。


「思うに何か目標であるとか、目的でもあるのかしら?」


 教室が終わって食器の片づけを手伝っていると、伊澄さんが私に微笑みかける。


「好きな人に作った料理を食べてもらいたくて。ただそれだけですよー」


 と言って私はお皿を重ねる。

 もちろんここに通っている事は遠坂さんには秘密にしている。

 いつも外食ばかりなのもどうかと思っていたのもあって、彼女が次に泊まって行く時に驚かせたいと思っているのだ。


「あらあらごちそう様。でも、確かにそれが1番のスパイスになるわね」

「え、スパイス……。胡椒とかシナモンとかですか?」

「またまたぁ。蓮見さんの愛情以外にないじゃない? でも本当幸せよねー、そこまで想われてるお相手さん!」


 彼女はこれからも頑張ろうねとウインクをした。


 にやけながら帰宅した後、イラスト投稿サイトを確認すると画面にはメッセージの受信を知らせる通知が光った。


『あのこんにちは! あなたの作品を読んでどうしても感想を伝えたくなっちゃいました!』


 送り元は「RICO」とある。

 これまで何度か読まれて、『いいね』はついていたけれど感想自体を貰ったのは初めてだ。それが嬉しくてこの人物と頻繁にやり取りをするようになっていく。


『RENAさんって漫画かさんなんですか!? すごいですね! あのこれは本にならないんですか?』

『完全に趣味だからそのつもりはないですよ。そういえばRICOさんは学生さんですか?』

『はいそうです。あのわたしもイラストかいたりしてて……一回お話しながらお絵かきしたいと思ってるんですけどだめですか?』

『あ、それちょっと楽しそうですね~。お仕事中じゃなければいつでもいいですよ!』


 もしこれが女性相手じゃなければ理由をつけて切っていただろう。

 それからは時間があれば通話でのやり取りをした。あどけなく可愛らしい口調ではあるけれど、彼女の話を聞いていると絵を描くのが本当に好きなのが伝わってくる。


『わたしRENAさんと一度会ってみたいです。だめですか?』


 ある日彼女からメッセージが届いた。


『それは嬉しいんですけど、RICOさんがもし未成年だったら色々とまずいので……会うのはちょっと難しいかもしれません』

『いえわたし大学生です! 20歳の大人のおんなですから余裕です!』


 仕事の様子が見たいと言う話だったのもあって、それならと二つ返事で了承した。

 そのあとも彼女と何度かやり取りをして日程を調整していく。


 それらとは同時進行で、私はアニエスから次回イベントに向けての買出しや衣装作りなどに狩りだされている。


「ごめん、足挫いたかも」


 その帰り、立ち上がろうとすると激痛が走る。

 少しでも遠坂さんとの身長差をなくしたい。ヒールのような靴にもっと慣れたい。

 そんな思いから穿いて出掛けたのが仇となった。


「先輩、今足首ぐねってなりましたもんね。じゃあアタシがおぶってあげましょうねぇ!」


 アニエスは私が捻挫したと言うのに嬉しそうだ。


「え、いいよそんな」

「アタシ、本当に置いてっちゃいますよ。変な男からホテルに連れ込まれても責任持てませんからね?」


 と言って彼女はぷいっとした。

 今回の同行が報酬目当てなのは相変わらず。それでも前回の経験から、段々と趣味の域に入ってきているのは自覚している。

 それを考えれば、今変にこじらせるよりは彼女に頼ったほうがいいのかもしれない。


「じゃあお願いしていい?」

「ふっふーん、おやすいご用です! アニエスタクシーまいりまーす!」


 そうして彼女に背負われる。


「ごめんね。重くない?」

「いえまったく。ホント先輩は軽いですよね。普段からの食生活どうなってるんですか?」

「食べてはいるんだけど増えないんだよね」

「それ、世の女子全員が聞いたらブチ切れますよ。でも安心してください、アタシは先輩に対しては寛大な心を持ち合わせていますので!」


 などと、すれ違う人に見られながらおんぶされる恥ずかしさの中会話をする。


『もしもし。れな、最近忙しい? 特に急ぎの用じゃないんだけど……これ聞いたらすぐに連絡ちょうだい』


 そのメッセージを聞いたのは寝る直前だ。

 私は遠坂さんからの着信にすぐに反応できないくらいに慌しい日々を送っていた。

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