第二十稿 責任はちゃんと取ってもらうつもりだから ★
「え、うそこれ……! れな、一体どこで手に入れたの?」
アニエスからの報酬のチケットを手にして、遠坂さんにしては珍しく興奮気味な様子だ。
「この間言ってた後輩がそこでバイトしてるみたいでね。要らないからってくれたの!」
「わぁ、また会った時にお礼を伝えてもらえるかな? この恩は生涯忘れませんと」
「なんかそれ命の恩人みたいじゃない?」
デカ盛りカツカレーをかきこむ彼女を見ながら、私は空になりかけていた癒し成分を補充する。毎回思うのだけれど、その細い体のどこに吸い込まれていっているのかがわからない。
「日向、一切れもらってもいいかな?」
彼女の使っていたフォークを受け取ってそのままカツを頬張る。
「美味しい?」
「うん! いっぱい食べたくなる気持ちがわかったよー」
「本当はね、れなにこういうところ引かれるんじゃないかなって思ってたんだ」
彼女は手のひらを口元でぴったり合わせ私にそう告げた。
「え、そうだったの?」
「でもれなはいつも楽しそうに付き合ってくれるでしょ。無理してるようにも見えないし。だから私、本当に感謝してるんだ」
「だって日向の食べてるところ大好きなんだもん! こっちこそありがとね!」
お互いに微笑んで彼女は再び食べ進め始めた。
「この後カラオケに行ってみたいんだけどいいかな?」
「おー、カラオケいいね。いこいこ!」
「じゃあすぐ食べちゃうから待っててね」
食べるペースをあげていく彼女を見て、最近は自分のしたい事を口にする頻度が増えてきているのを感じる。
始めの頃は、どちらかと言えば私に気を使ってばかりで心苦しいところもあった。
けれど、自信なさげに俯く事が減ったり服装に明るめの色を取り入れたりと彼女は確実に変化してきている。
そんな事を考えているうちに、正面の皿は空になり遠坂さんはコップの水を一気に飲み干した。
店から一番近くのカラオケ店に入り、奥まった場所にある個室へと向かう途中、
「先に飲み物とっていこっか」
ドリンクサーバーでジュースを注いでから部屋に入った。
「ええと、これだよね」
と言って、遠坂さんはリモコンのタッチパネルに触れるものの戸惑っている。
「日向はあんまり来た事ない? よかったら私が入れてあげるよ」
「会社の人とは来るけど……いつも歌ってるところを見てただけだから。でも今日は頑張りたいな」
彼女は画面とにらめっこしている。
私の申し出に応じるつもりはなさそうだ。
「そういう事ねー。じゃあ手順を教えるから自分で入れてみよっか」
始めは恐る恐るだったけれどすぐにものにしたようで、ぱぱぱっと曲が入っていく。さすがは仕事のできる編集さんだ。
「前から思ってたけどれなって上手いね」
「うん、ちょっとは自信あるんだ。いつもお風呂とか原稿作業しながら1人歌ってるしね!」
私は主にアイドルの曲やアニメソングを、彼女はひと昔もふた昔も前の歌謡曲を交互に選ぶ。遠坂さん、なかなかに渋いチョイスだ。
「日向は大人の色気みたいなの感じる。私にはそういうの出せないから羨ましいな~」
「れなはイメージどおり可愛らしくて、私からするとそれこそ羨ましいよ」
カラオケもそこそこに、時間が経つにつれて彼女はそわそわとしだした。なんだか段々と座る距離が縮まっていっているような気がしてならない。
「ねえれな。ちょっとだけいい……?」
顔が近づいてきて、今何を求められているのかよくわかる。
「さすがにここじゃまずいよ。ほら、カメラあるから……」
私が天井の方を指差すと、彼女は沈黙してしまった。
「あ、ちょっとトイレいってくるね~」
少し気まずくなってしまったのもあって、私は立ち上がり部屋を出た。
今のは仕方ないよね。でも、すごく残念そうにしてたな。
そう振り返りながら、個室に入りドアを閉めようとしたところで唐突に引き戻された。
「な、なんだ日向じゃん! 変な人かと思った。驚かさないでよー」
彼女は無言のまま、私に迫ってくると後ろ手でそのまま鍵を閉めた。
私達はこの密室内で2人きりだ。
「強引な事してごめん。でもここならいいよね?」
彼女は耳元で囁いた。
「で、でも誰か来たらどうするの……?」
「物音を立てなければわからないよ」
真剣な眼差しに私は無言で頷くしかない。
「日向ってさ、本当積極的になったよね」
「私を変えたのはれなだよ? そうなった責任はちゃんと取ってもらうつもりだから」
「えー、そういう冗談まで言うようになったんだ?」
「今のは半分本気」
その言葉のあとすぐに隣の方から音が聞こえる。
「誰かいるよ。今はちょっとまずいんじゃない?」
「ごめん、もう抑えきれない」
私は唐突に口を塞がれた。
ちゅっ、ちゅっと唇が重なる時間が長くなっていくと彼女の熱が伝わってくる。
一度離れて見つめあう。それからは火がついたように何度も何度もお互いを求めるようにうごめいた。
その最中、外から大きな話し声が聞こえてきて私の鼓動は速くなる。腕を強く掴んで揺さぶるけれど、完全にスイッチが入ってしまった遠坂さんは止まらない。
私は吐息が漏れないよう必死に耐えるしかない。しばらくしてようやく外からの声は遠ざかっていった。
「あれはやりすぎだよ。さっき危なかったんだからね!」
「本当ごめん。でも、れながいけないんだよ。私をここまで夢中にさせるんだから」
「そんな風に言われたら怒れないじゃん……日向のばか」
私達はお店を出て手を繋ぎながら歩いている。
好きな人から強引にされるのも、思ってたより悪くなかった。
いつだったかまりもが言っていた、『気の強い攻めと見せかけて意外と受けの素質ありそう』。その言葉が不意に浮かんできて、私はそうなのかもしれないと思い始めていた。
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