第十九稿 これから同人誌みたいなコトするつもりなんですね!?

 それは遠坂さんとの旅行から数日経った日の事だ。


「いや~、長時間お疲れ様でしたねぇ!」


 打ち上げを終えて自宅に帰ってくると疲労が押し寄せる。それとは打って変わって、テーブル向かいのアニエスがはしゃいで声をあげた。


「本当お疲れ様だよ。でも、まあまあ楽しかった気がする」

「はじめは心底嫌そうでしたけど、途中から吹っ切れてポーズ取りまくってましたもんね? 皆も言ってましたけどアタシより目立ってましたよ!」

「すっごく恥ずかしい。もしかしてなりきっちゃってたのかな……?」

「むっふっふー。先輩はやっぱり素質あると思うんです!」


 彼女が嬉しそうに笑う傍らで、私は今日の出来事を振り返っていた。



 早朝、アニエスの運転する車に乗せてもらい都内の会場に到着。まずその広さや集まった人の多さに驚いて萎縮いしゅくしてしまいそうになった。


 彼女から参加証を受け取ってすぐに更衣室へ向かうと、聞いていたとおり列が出来ていてここでも固まる。しばらく待ったあとようやく私達の順番が回ってきて、衣装に着替えたりメイクをしたりとキャラクターを仕上げていく。もっとも、このあたりはほとんどされるがままだった気がする。


 更衣室を出ると、アニエスに手を引かれてコスプレエリアと言われるところに連れられた。彼女の知り合いのコスプレイヤーさん達とお話をしたり、一緒に合わせで撮影なんかもしたり、SNSのアカウントを教えあったりして楽しく過ごす。


 そうこうしていると人が集ってきて撮影会のような感じになっていった。

 眩しくフラッシュが光る中で、


「こっち視線ください!」

「ポーズいいですか?」


 などなど、ちょっとした要求なども増えていく。私がそれらに落ち着いて対応できたのは、あらかじめ作品を見て予習しておいたのがよかったのかもしれない。

 衣装は丈の短いスカートだったけれど、中にはスパッツを穿いているのもあって恥ずかしさは感じない。

 全体的な雰囲気も相まって、いつも平穏に過ごしている日常とは別の次元にあるような本当に不思議な日だった。



「そうだ先輩、これ見てくださいよ!」


 アニエスのその言葉で私は我に返る。

 SNSの画面には会場で撮ってもらった、2人並んでポーズをしている写真が複数映っていた。


「もうそんなに反応がついてるんだ」

「ですです。素敵なコメントもついてるんですけど……読み上げましょうねぇ!」

「いやいや、そんなのいいって~」


 私はテンション高めに言いながら、喉の渇きを潤すべくミネラルウォーターを飲み始めた。


「『このちっぱいの子、お友達ですか?』『ちびっこがノリノリで萌えました』『このロリとまた一緒にやってください!』だそうですよ。どうですか先輩!」


 コメントの選び方に悪意しか感じない。

 私はそのまま勢いよく吹き出してしまった。


「それはひどいですよ……? いくらアタシが水も滴る美少女だからとはいえ」

 じとーっとした目で彼女から見られている。


「あ、ごめん! タオル持ってくるから待ってて」

 すぐに彼女の顔や髪を拭いてあげて事なきを得た。


「そういえば打ち合わせの時からですケド、あんなに嫌がってたのにどうしてアタシを家にあげてくれるようになったんですか?」

「アニエスへの恐怖心が消えかけたから、かな」

「ふんふーん。さてはあのクール美女と何か進展がありましたね?」

「きゅ、急に何言い出すんだよー」


 私は咳き込んだあと平静を装う。


「先輩はとってもわかりやすいですね~。それでは、具体的に何があったのか話してもらいましょうか! いいですか、これは取り調べです!」


 アニエスが興奮気味に立ち上がったところで、ちょうどリビングの扉が開いた。

 入ってきたその姿を見て彼女は口を開けたまま固まっている。


「あれ、まりも。今日何かあったっけ?」

「ちょっと近くまで来たからさ、はいお土産。って、ハーフの後輩ちゃんじゃん!」


 彼女は両腕を広げアニエスをハグしようと歩み寄る。


「あ、用事がありました。それじゃアタシは帰ります」

 いつものテンションが明らかに低くなっている。それを避けるようにアニエスは出て行こうとした。


「あの、先輩……? これから同人誌みたいなコトするつもりなんですね!?」


「どんなよそれ。まあ座りなって」

 言いながら、私はじたばたとするアニエスを椅子につかせた。

「いいじゃん、ちょっとお話しよーよ?」

 正面に座った彼女を見て、まりもは目を輝かせわくわくとしている。


「気になってたんだけど、アニエスってどうしてまりもを避けてるの?」

 小動物のようになってしまった彼女に問いただす。


「うそ、あたし避けられてたの……? でもまだ何もしてないよね?」

 まりもはショックを受けたような反応。

 まだ、の言葉に引っ掛かりを覚えるけれど今はスルーしてもいいだろう。


「この際はっきり言っておきますよ。アタシはその陽キャオーラが苦手なんですっ! かのヴァンパイアが日光に弱いように、アタシはそのまばゆい光で土となります……」


 アニエスにしては珍しく段々と語気が弱まっていく。


「いや砂でしょ。でもたしかに、まりもじゃないギャルさんに近づこうとは微塵も思わないね……。ウェーイとか言って迫ってくるの怖いし」

「はい、先輩ならわかってくれると思ってました!」

「おーい、それ何気にれなまでひどくない? 2人してギャルへの偏見やめっ!」


 そんなやり取りもあって、お互いに少しずつ話ができるようになっていった。


「そっかそっか。れなもついにやっちゃったんだ! で、日向ひなっさんはどうだった?」

「そこ、男子高校生みたいなノリやめてくれるかな」


 まりもの持ってきたケーキを食べ終えて、手にしたフォークを彼女に向けて差す。


「でもよかったですよ。もしあの方とお付き合いしてなかったら、アタシ先輩を押し倒すつもりでしたし」

「え……怖い。さらっと何言い出してるの? 待ってよ、フランスに恋人いるって言ってたじゃん」

「いますけど、先輩押し倒しルートに入ってたらその子とは別れるつもりでしたよ?」


 にっひひとアニエスは笑っている。

 少し心を許しつつあったけれど、今後何かある可能性もなくはない。警戒だけは怠らないようにしよう。


「やっぱりおっかないわ、アニーは。まああたしはそういうの嫌いじゃないけどさ!」


 まりもが大きく口を開けて笑う一方で、


「まりも先輩はそう呼んでくれるのに、どうして先輩はアタシのコト未だにアニエス呼びなんですかぁ」


 アニエスは頬を膨らませて私を見ている。


「やっぱりどこか信頼には値しないのかもねー」

「でしたら、先輩をもっとチケット漬けにする必要がありますね……!」


 変な方向に燃える姿を見て、遠坂さんのためとは言え釣られる私もある意味同類なのかもしれないと思った。

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