第十八稿 おやすみのキスしてくれなきゃ眠れないよ ★

 周囲の温泉やお土産屋さん巡りをしたり、甘味処で食い倒れとまではいかないけれど食べまくったり、宿にあった卓球で汗を流したり。

 私達は温泉街の2日間をひとしきり楽しんだ。


 そうして帰りの電車の中、隣り合った遠坂さんと揺られている。

 乗車してからお互いに一言も喋ってはいないけれど、嬉しさと恥ずかしさが混ざり合ったような感情がふわふわとしていて心地がいい。

 繋いだ手は大きくて暖かくて安心してしまう。


 流れていく風景から、彼女に視線を移すとすぐに目が合ってにこりと笑う。肩を寄せ合っていると私はいつの間にか眠りに落ちていた。


「もうすぐ着くよ」

 声が聞こえると目覚めた。彼女の唇が視界に入ると、あの夜の出来事が不意に浮かんでどきどきとしてしまう。


 駅を出た繁華街の大通り。

 その途中でアクセサリーショップが目に入り、2人してショーウィンドウの前で立ち止まった。覗いていこうと促されそのまま店内へと入る。

 店内の雰囲気ももちろんだけれど、お洒落なアクセサリーに次々と目移りしてしまう中、


「わーこれ、すっごくいいなぁ……! ねえねえ日向はどう思う?」


 私はハート型のシルバーリングを指差した。


「れなみたいでいいと思う」

「それってどういう意味?」

「可愛いって意味以外にないよ」

 耳元で囁かれてかあっと顔が熱くなった。


「み、見て見て。これペアリングだったんだ。あのね、お揃いでさー」

「つけてみるのもいいかも……?」


 購入してすぐにお互い右手の薬指にめる事にした。

 私達はお店を出て恋人繋ぎをしながら歩く。飛び上がるような高揚感の中、このまま解散というのもなんだか味気ない気がしてならない。


「ねえ日向、何か食べてこっか? そろそろお腹空く頃じゃない?」


 すると何かがと鳴いて返事をして、音のした方を見ると彼女が顔を真っ赤にしていた。



 涼しい顔をして、ずずずずずっと豪快に麺をすする音が正面から聞こえる。一心不乱とはこの事を言うのだろう。遠坂さんの様子を見ているといつもながらにする。


「これも食べる?」

 餃子の皿を差し出すと、彼女はコップを傾け水を飲み干したあと無言で頷いた。


 テーブルには家族連れ、カウンターには1人客。中にはお酒飲みらしい女性の姿もある。

 いわゆる街中華と呼ばれる老舗っぽいお店で、こういうところにはなかなか来る機会がないのもあって新鮮だ。


 半分くらい食べたところで私のスマホが鳴った。あとから出ようとしてひっこめると、彼女から「気にしないで」と言われ通話を押す。


『やっほー、先輩! アナタの可愛いアニエスでーす!』

『はいはい。急にどうしたの?』

『え、なんか冷たくナイですか? えーっと、次回イベントの打ち合わせをしたいなと思いましてぇ。今どこにいます?』

『あれ本当にやるんだ……』


 トーンを落として答えると、ふっふっふっと彼女の声が響いた。


『覚悟を決めてしまえば。というか、一度やってしまえばあとは堕ちていくダケですよ!』

『言い方よー。ごめん、今からはちょっと無理だから後で掛け直してもいい?』

『もしかしてデート中でしたか? にっひひ……それではのちほど!』


 答える間もなく向こうから通話を切られた。


「今のって友達?」

 いつの間にか食べ終えていた遠坂さんが私を見つめている。


「友達……と言うよりは同士? みたいな。あ、高校の時の後輩なんだけどね」

「仲良さそうだなと思って」

「んー、それはどうなんだろう……。向こうの勢いに押されてるところはあるかも」

「そうなんだ。私にはそういう友人はいないな」


 彼女は気持ち寂しそうな表情をしている。


「そうそう。皆社会人になると、友達って呼べる人を作りにくくなるって聞いた事あるよ!」

「でも、私にはれながいればそれだけで十分だから」


 口元に手を当てて、キリっとした眼差しに私は自然と笑顔になってしまう。


「日向ぁ~。照れるよそれ。じゃあそろそろ出よっか?」


 店を出たあと再び手を繋ぎながら歩いている。

 もうすぐこの旅行も終わりを迎えるのだと思うと、少しだけ切ない。

 けれど、行きと帰りを比べれば私達の関係性は大きく良い方に変化を遂げた。

 それ以上の収穫はないだろうと今の私は自信を持って言える。


「途中まででよかったのに~」

「気にしないで。それに、暗くなってきたし何かあるといけないから」


 そうして彼女に送ってもらい自宅前まで着いた。


「ありがと。じゃあ、また頑張ろうね!」

「またどこか行きたいな。それじゃ」

「待って。おやすみのキスしてくれなきゃ眠れないよ」


 私は遠くなっていく姿に声を掛け引き止める。


「でも今、私にんにく臭いと思う。だからさすがに……ね」


 口を両手で覆ってする。

 彼女は明らかに困惑している表情を見せた。


「私はそういうの気にしないよ。お願い、1回でいいからしよ?」


 薄目を開けて待っていると、段々と彼女の匂いが近づいてきて唇同士が軽く触れる。

 そしてすぐに離れていった。


「次はちゃんとしたのするから。おやすみ、れな」

「うん。おやすみ日向!」


 彼女と別れたあとすぐに、メイクなどを落とすのも忘れベッドへと飛び込む。2日間で起きた出来事をすべて思い返しているうちに、気付けば私は眠っていた。



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