第十一稿 アナタの可愛い後輩ちゃんですよ~
「それじゃ、かんぱーい」
片手にはアルコール度数3%ほどのチューハイの缶。
最近は順調と言っていいほどに捗っている。これもきっと、仕事を早く終わらせれば終らせるほど遠坂さんと多くの時間を過ごせるところが大きい。
そんなわけで、今日は早々に作業を切り上げリビングで家飲みをしている。
「いやー、やっぱり恋してると何もかも楽しいでしょ? 本当いい顔してるよね」
まりもが私を見ながらポテトチップスをつまむ。
「え、でもそんな話全然してないよ?」
「ゲーム勝負の時に泣きながら名前呼んでたじゃん? あれはまさしくそうでしょ?」
「え……私言ってた? うわ恥ずかし~」
顔がすぐに熱くなって手のひらで扇ぐ。
「やっぱそうかー。まああれがなくても、最近は何かと張り切ってるし上手くいってるんだろうなっと。ね、夢子?」
まりもは夢子に視線を向けると、夢子は大きく目を見開きこくこくと頷いた。大学での出来事を経て、相変わらず口数は少ないものの彼女の雰囲気が変わってきたように思える。
「で、いつ告るん?」
『せんせぇの決戦の時は近そうですね』
同時に似たような反応を示されて私は咳き込む。慌てた夢子に背中をさすられてようやく落ち着いた。
「それは……うん。まあそのうち?」
「だめだめ。それじゃ手遅れになるかもしれないじゃん。こういうのは勢いが大事なんだって! いっそ押し倒してビンタされるくらいの気持ちでいこ?」
まりもの言葉に「おぉ」と夢子が反応を示して、私を輝いた目で見つめる。
「そういうものかなあ」
「
「あ、でもね。前電話きた時声が聞きたくなったって言われたよ!」
夢子が「わあ」と言って、両手で持ったお酒をごくごくと飲み進める。
「それマジ? 意外とれなもやるじゃん! じゃあこっからもっと押してこ?」
「うん、そのつもりだよ。それで来週はね――」
思い切って二人に予定を打ち明けてみる。
「いいねいいね。必要になりそうなものはあたし達に任せといて。夢子、暇な時に買い出し手伝ってもらっていい?」
夢子はまりもに向けてびしっと親指を立てた。喜ばしい事なのは確かだけど、この二人急に仲良くなった気がする。
「ていうかさっきから私の話ばっかりでずるい。二人はどうなの?」
夢子の様子を見ると首を振り、まりもは「あたしは」と言ったきり私をじいっと見つめてくる。
「あたしは?」
「いや、なんでもないですけどぉ」
「おーい、秘密はなしの約束だよー?」
「今していい話じゃないから。さすがにあたしだって空気は読むんですけど?」
恋愛話はそこそこに時間が経った夜9時。すっかりできあがった二人はソファーで眠ってしまった。テーブルを片付けているとインターホンが鳴る。
「夜分遅くにすみませーん。隣に引っ越して来た者ですがご挨拶にと」
女性の声だ。帽子を深く被っているのもあって、画面越しでは顔がよく確認できない。
「ご丁寧にどうも。少々お待ちくださいね」
玄関のドアを開けて私は凍りついた。すぐに閉めようとしたところで引き戻される。
「あ、やっぱり先輩だ。アタシですわかりますよね?」
「うわ……出たぁ」
「出たってなんですか。ヒトを化け物みたいに。アナタの可愛い後輩ちゃんですよ~」
彼女は
「アニエス……どうしてここにいるの?」
「だーからー、アニーって呼んでくださいよ。どうしてって、さっき言ったとおりご挨拶ですよ?」
「本当に引っ越してきたの?」
「はい。ココからちょっとあそこ見てください」
と言って、隣の部屋に視線を移せば『如月』と名前が入っているのがわかる。
「本当だったんだ。疑ってごめん」
「そうですね、警戒するのもわかりますよ? ただ、あの時は魔が差したというか……ほんとスミマセンでしたっ!」
「ま、まあわかればいいんだけどさ」
「そうだ! 懐かしついでに、今お家上がってイイですか?」
と言って彼女は返事を待たずに入ろうとする。私はこの強引さが当時から苦手なのだ。
「今、まりもとお友達いるけど平気?」
そう声を掛けるとぴたりとアニエスの動きが止まり、透き通った青い瞳と一瞬だけ目が合ったものの逸らされた。彼女は明らかに動揺している。
「う……。あの人いるんですか。今日は時間も遅いので改めます。じゃあおやすみなさい!」
彼女は飛ぶようにして自分の部屋へと戻っていった。
これまで気付かなかったけど、まりもに対して苦手意識を持っているのかもしれない。
一息吐いてドアを閉めようとすると隣のドアが音を立てた。
「先輩先輩、これから楽~しくなりそうですね?」
アニエスは私のファーストキスを奪った時のようににやっと笑った。
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