第十二稿 本当に好きなのはケーキじゃないけど ★
「好きです」
私の目をじっと見つめ、テーブル真向かいに座る彼女は確かにそう言った。
あれ、どこかでシーンスキップイベント起きた?
「えっと……!?」
「これまでお伝えしておりませんでしたが」
「な、なんでしょうか……?」
「私はこのチョコレートケーキが大好物なのです。それでは、お代わりを取って参ります」
私はふうと長い息を吐く。
告白みたいなテンションで言うものだから思わず身構えてしまった。
「もう5個目ですけど大丈夫ですか……?」
「ご心配には及びません。これに備えて昨晩から何も口にしておりませんので」
キリッ、ぎゅっ。
彼女は仕事中のような真剣な表情をしつつ、顔と同じ高さで右手を握り締めた。その、余裕でいけますみたいな表情だけでこっちはお腹が満たされてしまいそう。
目の前に座るはもちろん、知らない一面を知れば知るほど加速度的に光り輝く尊みを増していく遠坂さんだ。
「でもさっきから同じものばかりじゃないです? せっかくのバイキングなんですから色々楽しんでみては……」
周りを見れば色とりどりのケーキが華やかに、テーブル上で次は自分だと言わんばかりに佇んでいる。目移りしてしまうほどにどれもこれも美味しそう。
「確かに、チョコレートにばかり気を取られていましたね」
「もう、どれだけ好きなんですか~。じゃあこれ、私の一番好きなやつなんですけどチョコと替えっこしましょうよ!」
お互いの取り皿を交換しようとしたところで、遠坂さんと手が振れて思わず頬がふにゃっとしてしまう。彼女はケーキに夢中で私を見ていないはず。
「れなさんはチーズケーキがお好きなのですね。このブルーベリーのソースと相まって非常に美味しいです」
「あの、日向さん。私も大好きなんです」
フォークに刺した一口大のケーキを見せながら視線が合う。
「そうですか。そう言って頂けると嬉しいです」
「……本当に好きなのはケーキじゃないけど」
「れなさん……今何か?」
「いえ! まだまだ時間がありますよ。どーんどん食べましょう!」
最近わかって来たのは、彼女はスリムな見た目と違って食べるのが好きと言う事だ。時間がある時にはステーキや焼肉を始めとして、仕上げにスイーツも平らげるらしい。
私はどちらかと言えば、倒れる寸前まで空腹でいたい方で彼女とは正反対なのだと思う。それはさておき、今の私は彼女の食べている姿が見られれば自分の食事なんて二の次だ。
遠坂さんは結局ケーキを10個ほど食べた。彼女は満足そうにティーカップを傾けてコーヒーを飲んでいる。
それを見計らい、私は落ち着いて自然な感じを心がける。
「日向さん、これから家に来ませんか……?」
ごくりと喉が鳴ったあと、意を決してその言葉を彼女に向けたものの少しだけ声が震えてしまった。
カップをソーサーに置いた彼女は、口元をナプキンで軽く拭うと腕時計をちらりと見た。
「時間は十二分にありますが」
「じゃあ行きましょう。この間の映画に関連したものを一緒に観たいなと思いまして!」
「先日の作品ですね。それは大変興味があります。しかし、突然お邪魔する事になりますがよろしいのですか?」
「全然問題ないです!」
店を出てともに歩く途中で、目に入ったショーウィンドウには私達の姿が映し出されている。改めて自分の背の低さがよくわかる。私からすれば憧れてしまうのだけど、彼女からしたら私はやっぱり子供みたいに見えているのだろうか。
当然それが聞けるはずもなく、途中コンビニへ寄りいくつか買い物をして帰宅した。
「お邪魔します」
「どうぞお上がりくださーい!」
この日の為に用意してもらった真新しいスリッパを滑らせる。
そうしてすぐに、リビングのソファーに隣同士座ると鑑賞会が始まった。シアターの時と違って今日は二人きりだ。思っていた以上に緊張してしまい、私は遠坂さんの方をほとんど見られなかった。
「やはり素晴らしいですね。私もこちらを購入しようかと考えているところです」
「あ、だったら貸しましょうか。返すのはいつでも大丈夫なので!」
「本当に良いのですか? ありがとうございます」
彼女をもてなそうとするものの、普段からやってもらっているのが仇となりあたふたとしてしまった。
とっておきのハーブティーとともに世間話をしていると夕方になっていた。
「日向さん、ちょっとこっちに来てもらっていいですか?」
私はキッチンに彼女を呼ぶ。
「どうかしましたか?」
「あの……。これから夕食をと思ってるんですけど、私そういうのできなくって。日向さんならどういったものを作りますか?」
冷蔵庫を開けて彼女と中を見れば、食材がよりどりみどりだ。まりも達に感謝をする。
「そうですね。お肉も野菜もある事ですし、調理の工程が比較的少ないカレーや肉じゃがあたりでしょうか?」
「どっちにするかはお任せしたいです! で、ですね。よければ包丁の使い方を教えてもらえたらと思うんですけど……。いかがでしょう?」
「そういう事であれば私にお任せください」
じっと見上げる私に彼女は微笑んだ。
そんなわけで数年ぶりに刃物を握っている。予想どおり手が震えてしまう。この姿をまりもが見たら卒倒間違いなしだろう。
今私の背後には遠坂さんがいて、彼女は後ろから手を添えるようにして個人指導をしてくれているわけなのだけど。
気を抜けば、密着するくらいの至近距離にいるのはなかなかに緊張する。
「こ、こうですか?」
「いえ違います。左手はこのように丸めて……猫のようにしてください。そうでないと指を切ってしまいますからね」
「おぉ、にんじん切れました!」
「れなさん、とてもお上手ですよ。慣れるまではゆっくりでいいので、とにかく怪我をしないようにだけ気をつけていきましょう」
それからは遠坂さん主導のもと、鍋に具材や調味料を入れる役を仰せつかる。時間が経つにつれてスパイシーな香りがキッチンを包んでいった。
「ごちそうさまでした~」
「ごちそうさまでした。すみません、すっかり夕飯まで頂いてしまいまして」
「いえいえ。料理を教えてもらったお礼だと思ってください!」
「ありがとうございます。さて……」
夕食を終えると遠坂さんは壁掛け時計を見た。時刻は7時を回ろうとしている。このままいけば解散の流れになってしまうだろう。
「そうそう、あのですね。この間、私日向さんのお家でお世話になったじゃないですか。だから今日はうちに泊まっていきませんか……?」
「しかし、そこまでお邪魔しては悪いですよ」
「私は大歓迎ですよ。というか、そうしないと対等じゃないと思うんですよっ! 日向さん、これはどう見ても絶対対等じゃないですよね?」
じいっと目を逸らさないように見つめる。
彼女がその言葉に弱いのはもう知っている。弱点を突いているようで気が引けるけど、私もなりふり構っていられない。
「ううむ、確かに言われてみればそうなのかもしれません。それではお言葉に甘えまして……」
「じゃあお風呂沸かしてきますね! ちゃんと着替えも用意しますので~」
そうして私は遠坂さんと一夜を過ごす事になった。
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