第十五稿 うそ、これが私……?
遠坂さんと別れてすぐに、隣の部屋のドアが開いた。
「先輩、アタシ今の見てましたよ。ふんふ~ん、そういうコトなんですね?」
私に向かってアニエスが一目散に駆けて来るのが見えたから、すぐにドアを閉めようとした。せっかくの余韻をぶち壊しにされた気分だ。
「あ、どうして……? あの……先輩、ちょっとどうじでじめるんでずが!」
うーうーと、外側から漏れるゾンビのような声の抵抗を受けていてドアが開いていく。
「世界で一番見られたくなかった相手だからだよっ」
「それはひどいですよぉ。せっかくだしアタシの部屋見ていきません? あああっ」
「まったく興味ないから大丈夫。じゃあね」
戦いに勝利してドアを思い切り引いた瞬間、それは聞こえた。
「『どんと喰い太郎』のスペシャルチケット、使わないし捨てちゃお。誰か欲しいヒトいないかなぁ」
遠坂さん行きつけのデカ盛り専門店の名前が聞こえて、私の手は止まった。それがあればデートの口実ができる。そして、遠坂さんのお腹だけでなく私の心も満たされるのは間違いない。私達はウィンウィンどころか確実に優勝してしまうだろう。
「はい。チケットだけちょうだい」
ドアを開け放って手を差し出す。
「ふっふ~ん、それはできない相談ですよ? なにせコレ、欲しいヒトなんていくらでもいますしね。それに、アタシに冷たい先輩にだけは絶対にあげられまーせん!」
アニエスは勝ち誇ったように腰に手を当て、艶のある銀色の髪をかきあげた。
「じゃあどうしたらくれるの?」
「だから言ってるじゃないですかぁ。アタシの家に来てくださいって!」
その条件を飲んで私はアニエスの自宅へとやってきてしまった。
後についているとちらりと視線を感じる。
「今何か企んでるの?」
「そこまで警戒しなくても何もしませんよぉ。それよりココ見てください、ココっ!」
ドアを開けたその部屋には、ハンガーラックが複数置かれ鮮やかな色彩の服が数着掛かっている。
「おぉ……これ全部私服なの?」
「い~え! ぜーんぶコス用のやつです!」
「コスってコスプレの事だっけ?」
「そのとおりです。アタシ、何を隠そうコスプレイヤーなんですよ!」
どやーんとSNSの画面をつきだしてくる彼女の表情は誇らしげだ。
「うわー、めちゃくちゃバズってる!」
「はいそれはもう! そのおかげで企業案件が来るコトもあるんです」
「アニエスは昔から顔だけはいいもんねー」
「それって何気に失礼じゃないですかぁ? あ、でも先輩に褒められたからヨシとしましょっ!」
彼女はえへへと嬉しそうだ。
「そっか、これを見て欲しかったわけ。その性格だと友達も少なそうだし……だから私になんだ」
「別にいいですもーん。それに一匹狐ってカッコイイじゃないですかぁ」
「それを言うなら狼ね。さてと、見るもの見たしこれで帰っていいよね。それじゃ約束のチケットちょうだい?」
私が手を差し出すと、アニエスは意味ありげにふっふっふと笑い出した。
「ここでもう1つ提案があるんですけどぉ」
「また変な事言わないよね?」
「まさかぁ。ちょっとコレをですね」
彼女はクローゼットから何かを取り出した。それは、何かのアニメのキャラクターが着てそうな制服のようなものだ。
「また可愛い衣装だねー。でもそれが何?」
「色違いのお揃いのがあってですね……アタシと一緒に着て欲しいんです!」
「いやいや、無理無理。ていうかなんで私が」
「ぴらっ。なんとココに『どんと喰い太郎』のゴールドチケットが」
アニエスは胸ポケットから輝きを放つ1枚を取り出した。私の脳内には遠坂さんとのウィンウィンの図がありありと浮かぶ。
「話を詳しく聞かせて!」
「さすがは先輩、話がわかります!」
彼女は両親指を立ててとにかく激しく上下に揺らす。
「でもどうして私が喰い太郎に反応するのわかったの?」
「あ、理由ですかぁ? アタシそこでアルバイトしてるんです。だから、あのクールビューティーお姉様が常連なのを知っていたワケですよ」
腰に手を当てて、人差し指を左右に振りながらウインクをするアニエス。
その評され方悪くない。遠坂さんは間違いなくクールだし美しい。でも、隠された実の顔を知っているのは私だけだ。
「それでさっき見かけてって事……?」
「まあ、あれは正直賭けでしたよ。先輩が食いついてくれればいいかな程度だったんですケド、本当にアタシはラッキーガールでした!」
じゃあお着替えしましょうか、と言ってさっきの制服を手にした彼女がいい笑顔で迫ってくる。
「さすがに一人で着れるから大丈夫」
「そうですかぁ。あ、姿見はあそこにあります。じゃあ着替え終わったら教えてくださ~い」
あっさりと引き下がられて、パタンと静かに衣装部屋のドアが閉まった。私は彼女の言うとおり警戒しすぎなのかもしれない。
「ど、どう……? やっぱり変だよね」
サイズ的には申し分ないけどやたらとスカートが短くて落ち着かない。
衣装に身を包んだ私は、体育座りをしていたアニエスに声を掛ける。顔を向けた彼女は飛び跳ねるようにして立ち上がった。
「
連写の音が鳴り響いたかと思えば、彼女は瞳を輝かせて私の肩に手を置いた。
「なに天下って。時は戦国じゃないんだから意味がわからないよ」
「今後あるコスプレイベントに一緒に出て欲しいんですよ~。2人で1組設定のキャラクターだと、どうしてもアタシだけじゃできませんからねぇ」
「待って、誰かにこれ見られるの!? 着るだけならいいけどそれは無理だよ~」
「もしかしてリアルバレを気にしているんですか? 基本的にこういうのを被るのでご安心くだ~さい!」
言いながら開けた引き出しにはカラフルなウィッグが収納されている。アニエスはその1つを私に被せると姿見の前に立たせた。
「うそ、これが私……?」
鏡の中では、金髪ロングヘアになった私が驚いた顔をしている。
「ね、別人のようでしょ? あとはカラコンも入れますし、キャラクターに寄せたメイクもするので今以上にわからなくなりますよ」
それを聞いて胸が少しときめく。
大げさに言うなら現地取材だ。こういう業界に興味がなかったわけでもないし、一漫画家としては後学のために色々経験しておくのも悪くない気はする。
「ま、まあ。でも……さすがに喰い太郎はもういらないしね?」
「おやおや、ご存知ないんですか? アタシのアルバイト先は1つだけじゃないんですよ?」
「え。それって、つまり……どういう」
「アイスクリーム、パンケーキ、たい焼き、わらび餅。ふっふー、コレにはあのクールビューティーもさぞかし泣いて喜ぶのでしょうねぇ?」
アニエスは満面の笑みで私の理性を壊しにかかる。
目の前の悪魔の暴挙に対して
「可愛い後輩の頼みだし……仕方ないなぁ!」
「わーい、先輩は本当に最高です! さすがアタシが見込んだだけはありますね!」
完全に物に釣られる形で、私は彼女と連絡先を交換する事になった。
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