第六稿 いいじゃないですか減るものでもないですし ★
「さすがに、これはどうかと……」
低音女性の声が囁く。
「絶対似合いますって」
「いえ、これは露出があまりにも」
「しいっ、声が大きいですよ。もしかして私を信じられないんですか? ひどいです……」
「ああいえ、そういうわけではなくてですね……?」
カーテンで仕切られた狭い狭い更衣室の中で、人知れずひそひそと攻防が繰り広げられている。
「はぁーよかったです。じゃあお着替えしましょうねー」
「れなさん、さすがにそれだけは自分で出来ますから……!」
上目遣いに「私の事嫌いなんですね……?」をちらつかせると次第に無抵抗になっていく。そんな彼女に狙いの衣服を纏わせた私は、原稿を1ページ仕上げた時のようにふうっと一息をついた。
「ほーら、見てください。似合ってるじゃないですか。日向さんは身長があるんですからもっともっと脚を見せていくべきなんです!」
「しし、しかしですね。これはいけませんよ。
鏡に映るは膝上10センチのスカート姿の遠坂さんだ。
黒を基調としてるからどんなトップスにも違和感なく合うだろう。
そしてもじもじとして赤ら顔で声を上げる彼女は始めてであり、その様子に思わず息が荒くなる。
「す、すばらしい……! まあまあ、いいじゃないですか減るものでもないですし」
「れなさんは、こちらへ来てから明らかに様子がおかしいと思うのです。そもそもこのように密着されなくとも試着などできますよね……?」
「でも、私服をどうにかしたいって言ったのは日向さんですからね。私としてはこのくらいしないと選べません。さあさあ、次はこれいってみましょう!」
「正真正銘ただの布切れではないですかっ。さすがにそれは短すぎますよ!?」
時をさかのぼる事昼食時。
パスタのお店で食後のパフェを食べながら、遠坂さんはある悩みを打ち明けてくれた。
「つまりスーツが普段着になってる状況をなんとかしたいんですね?」
「ええ、恥ずかしながら……。今着ているものを含めて似たデザインのものが4着ありまして」
「と言う事は……いつもそれらを着まわしてるんですね。でもどうして私に相談を?」
「恥の上塗りになるのは重々承知で申し上げます。今回のように休日に出掛けたりですとか、買い物に行くような知人が私にはおりません」
それきり押し黙ってしまった遠坂さんと目が合わないままだ。
次の言葉に続けたいのに、それが上手くできないだろう事だけはわかる。
「私だったら、日向さんとお休みに遊びに行ったりお買い物したいと思いますけどね~。でもやっぱり釣り合わないかもって尻込みはしそうです」
「釣り合わないとはどういう意味でしょう?」
「日向さんは同性の私から見てもとっても素敵な人ですし、私なんかじゃ無理なのかなって思っちゃいます」
「何を根拠にそんな……? 私からすれば、いつも明るく可憐なれなさんの方が遥かに魅力的です。そして釣り合いで言うのなら私の方が遠く及びません」
それが耳に入るとすぐに、風邪をひいた時のように顔中が熱くなるのがわかった。私はコップに入った水を一気に飲み干して心を落ち着ける。その様子を彼女は心配そうに見ていた。
顔色一つ変えずに平気でそういう事を言えてしまうのは本当にずるいと思う。
「じゃ、あ……! これから日向さんの服、一緒に見にいきたいって言ったら、どうします……?」
「れなさんさえよろしければ、ぜひお付き合い願いたいです」
そういったやり取りがあった末に、私のよく行くセレクトショップで遠坂さんの服を選ぶ流れになったのだ。もちろん派手すぎるものや丈の短いスカートなどは除外済み。
試着を繰り返していくうちに、いくつか気に入ったものがあったようで彼女は何点かを購入したようだ。
「今日は本当にありがとうございました。こういった物言いはどうなのかと思うのですが……私にとって夢のような一日でした」
「私も楽しくてずっと続けばと思ってました! 公私の私の日が楽しいと、公の日の励みになると思いません?」
「確かにそうなのかもしれません。また来月からよろしくお願い致し……お願いします」
遠坂さんはぺこりとお辞儀をして離れていった。
休日はスーツだけじゃなくて、私服も見られると思うと今後が楽しみで仕方がない。
そうして日が落ち始めた午後5時過ぎ。
駅の改札を隔てた向こう側、彼女はホームへと流れる雑踏に紛れていく。またすぐに会えるはずなのにその姿にわずかな寂しさを覚える。
ついもう少しだけ何か欲しいと願ってしまう。
我侭なのはわかってる。
だけど。それでも、こっちを見てくれたらいいのに。
すがるようにその動向だけを見つめる中、立ち止まった彼女は一瞬私に振り返り小さく頷いた。
どくんと大きく心臓が跳ねて、すぐに目頭は熱くなった。周りからすべての音が消えたようになって上手く呼吸ができない。
ただの社交辞令やお世辞かもしれないけど、それでもいい。
『いつも明るく可憐なれなさんの方が遥かに魅力的です』
その言葉だけが何度も頭の中で反響して離れないまま、私は彼女の姿が見えなくなるまでずっと手を振り続けた。
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