第四稿 昨日は激しい夜でしたね ★
目覚めると周りは明るくちゅんちゅんとスズメがさえずる声が聞こえる。
新しい朝がきていた。ただ、いつもと違うのはすぐに異変に気付いた事だ。
まずは夜と同じくで見覚えのない景色。言うほどよくはない状況だけどそれはいい。
なぜかというとより深刻なのは次だからだ。何者かの吐息が一定のリズムで首元に当たっているうえに、私の肩を抱くように腕が伸びている。
もしやこれは事案なのでは?
意を決して首をぎぎぎとその方向に傾けると、あろう事か遠坂さんが私の隣ですやすやと寝息を立てていた。
「なにこれ? 知らない、私何も覚えてない……っ!?」
こんにちは! 私、
そんなお気楽ナレーションを入れてる場合じゃないんだよ。
まさかの可能性が頭をよぎってひとしきり観察してみたけど、お互い服は着ているし乱れなどはない。私の体からは何かがあったような痕跡もみられなかった。安堵からいつも以上にめっちゃ低い声がだだ漏れる。冷や汗が引いてくるとひとまず胸をなで下ろした。
もしかしてだけど。もしかしてだけど、これって夢の中なのかもしれないんじゃないの?
だとすれば、そう……。彼女に対して何もしないが、決してなーにもしないが。少し距離を詰めるくらいの事であれば満場一致で無罪なのではないでしょうか。
野球で例えるならノースリーからのど真ん中。サッカーで言うところのナイスセンタリング。メジャーリーグやセリエ
「ううーん。むにゃむにゃ、もう食べられないよぉ……」
ベタにもほどがあるけど万が一に備え声を発しておく。あくまでも寝返りを打つような雰囲気を醸し出しつつ、抱き枕にしがみつくよう自然に抱きついてしまった女子中学生になりきる。仮にもし相手が起きてたとしても、この子寝ぼけてるのかな? となるはずだ。
いざ遠坂さん。私は体を彼女の方に滑らせて急接近する。触れた腕は暖かいしやっぱりこの匂いは落ち着くものだ。しばらくそうしていると、彼女から溢れ出ているような安心感からか眠たくなってきた。
意識がゆっくりと落ちかける瞬間、突然ピピピと電子音が鳴り響いた。おそらくスマホのアラームだ。
はっとして目を開けると、寝ぼけ眼の遠坂さんとばっちり視線が合ってしまった。
やった、レア顔ゲット。じゃなくて、今更瞼を閉じても後の祭りに違いない。
そのまま体を起こしベッドの上で向かい合う流れとなった。
「れなさん、おはようございます。昨日は激しい夜でしたね」
「あはは、そうなんですよー。それはもう激しい……」
待って、このお方夜のベッドでの組み手の話をしてる?
血の気がさっと引いて、さっき収まったはずの汗が再び流れだす。
それにしても証拠を隠滅してしまうほど、私の残忍性が取り返しのつかない事になっていたなんて我ながらショックだ。
「あの、れなさん。顔色がよろしくないですよ。どこか体の調子でも……?」
遠坂さんの明らかに
脳裏によぎるは書類送検のニュース。もちろんその主役は私、蓮見れなだ。
「何でもしますので通報だけは勘弁してください! このとおりです、示談金はそちらの希望額の倍用意しますから!」
そう言って私はベッドから飛び降り、フローリングに額をつけて人生初めての土下座をきめた。
「示談とは? れなさん、あなたは昨日激しく倒れるようにしてお店で眠ってしまったのです。まさか記憶にないのですか? 私の自宅の方が近場でしたので、誠に勝手ながらお連れする形になってしまいましたが」
促されて頭を上げると遠坂さんはいまだきょとんとしている。
生きていた。
ニーチェさん、神はまだ生きていましたよ。
「わー、わー! 私なんだか変な夢を見てたみたいなんですよね! 昨日はご迷惑をお掛けしたようで……本当にすみませんっ。それにしても素敵なお部屋ですね~」
立ち上がり晴れやかな気分で改めて見渡すと、かなりシンプルではあるもののブラック系の家具が整然と配置されているのに気付く。言うまでもなくこの空間は片付いている。
「そうでしょうか? 他の方のお部屋をあまり存じ上げないのでなんとも。そして同じ素敵さで言うのなら、れなさんのところも快適に過ごしやすいように思います」
「えー、嬉しいです! 日向さんほどではないですけど掃除はそれなりに頑張ってますから!」
実際に掃除をするのは、親友のまりもなんだけどいらない見栄を張ってしまった。
それでも、彼女がいなければいまごろ
そんなこんなで、勧められるままにシャワーまで借りて朝食まで頂く事になってしまった。なんだかこれって同棲生活を先取りしてるみたいで悪くない。
「ごちそうさまでした。日向さんはお料理までできるんですね」
ぼんやりとテレビを見ているうちに並べられたハムエッグとミネストローネ、クロワッサンを余すところなく満喫。そして食後のコーヒーは苦手なブラックだったけれど、どうやら遠坂さんの好みのようでなんとか耐えて飲みきる。
「買い置きのものもありますので。あとは、レシピを検索してそれに従って作っているだけですから誰でもできるのではないかと」
「私はそこまでできる自信ないですよ。あ、ところで今日って日曜日でしたよね。やっぱり恋人さんとかと過ごしたりするんですか?」
「いえ、そういった方はおりません。休日の過ごし方……。恥ずかしながら私、お休みになると何をしようかいつも迷ってしまいまして」
視線を落とし、横髪を弄りながら物憂げにプライベートを語る遠坂さんもまた尊い。
確かに恋人はいないとは言ったけど、今はおそらく谷の時期に違いない。すぐに相手が現れる可能性は高いだろう。
「あ、じゃあ! もしよかったら私と一緒に出かけませんか? ちょっと気になってる映画があるんですよ。日向さんに私の好きなものを少しでも知って欲しいです!」
あくまでも自然な感じで、鏡の前で何百回も練習したとおりに笑顔を作る。
だけどそろそろ頬が限界を迎えそう。ぴくぴくと反応を待っている時間がひたすらに怖い。
「わかりました。私でよろしければぜひともご一緒させてください」
彼女がそう答えた瞬間、私は口元がだらしなく緩んでしまうのを抑えるので精一杯だった。
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