第三稿 私わかっちゃうんですよね ★

 肩まで伸ばした赤色がかった髪は生まれつき。学校では茶化されたし先生からはよく注意を受けた。

 内面や顔の幼さを自覚してたのもあって、ハタチになる直前にツインテールは卒業。


 視力は年々悪くなってきている。眼鏡はシルエットがあんまり好きではなくすっかりコンタクトに頼りっきりだ。初めは上手く目を開けられなくて、装着する度におどおどしてたのが懐かしい。


 ふうと息を吐いて鏡の前の私は笑顔を作った。

 他者からの評価としてまりもや女の子達にはよく褒められる。もちろん悪い気はしないのだけど、それらは当然キラキラとした女子特有の「自分ほどではないけど」発言の可能性を考えれば完全に信用できない。


 恋愛経験皆無な私にとっては、些細な言葉一つ一つが疑心暗鬼に陥る要因となってしまっている。

 それでもそのあたりは一度全部忘れて、ただただおまじないにすがる子羊のように。緊急時に発動させる言葉がある。


「私は可愛い。私は可愛い。私は可愛い。よし、行くぞれな!」


 まるでインターハイ決勝前のようなテンションだけど、運動系の部活に所属してた事もなければこの部屋には私しかいない。

 頬は叩けないから太ももをぱしんとして、全身フル装備に身を包んだ私は目的地へ向かう。


「と言った訳でして無事入稿と相成りました。先生、今月も本当にお疲れ様でした」

「ありがとうございます遠坂とおさかさん! 今日はもうお祭りですよ。ぱあっとぱーっと、とことん飲みましょう!」


 二人きりでのお疲れ様飲み会も3回目を迎えた。今回は初となる遠坂さんからのお誘いという事もあって、何を隠そう私はめっちゃくちゃに張り切っているのだ。


 注文しておいたシーザーサラダや枝豆、揚げだし豆腐それからポテトフライが目の前に並んだ。


 そんなわけでここはいつもの居酒屋だ。安すぎず美味すぎずをベースに居心地だけが突出して優れている。グルメサイト平均2、6点。ほどよく家から近いのが最大の特徴うりで私達からすれば知る人ぞ知る名店だ。


 テーブル真向かいの彼女に対して、ビールの入ったグラスを掲げると同じようにそれが返ってきた。


「しかし……急にお呼び立てしてご迷惑ではなかったですか? 毎回アシスタントの方を差し置いているような気がして申し訳ない気持ちなのですが」

「いーえ。そんなの全然気にしないでください! それに遠坂さんとの飲みでしたら毎日でも構わないくらいですよ!」


 勢いよく言い切り、グラスを半分ほど空けてテーブルへ置く。


「ええ。そう、です、ね……?」


 彼女も同じようにグラスから手を離すと、原稿チェックをしている時のようなあまり見たくない険しい顔をし始めた。


「当ててみせましょうか。遠坂さん、さすがに毎日飲みは……って今考えてますよね?」

「えっ?」


 呆気に取られている彼女は、どうしてそれをと言いたげな顔をしている。

 その様子に癒し成分を万遍なく吸い込む。すると身体にマイナスイオン的なものが心地よく浸透していく。


「私わかっちゃうんですよね~。遠坂さんの事だったらなんでも!」

「まさかそのような。となりますと、先生は読心術などを嗜まれているのでは……?」


 ここで笑ってしまっては失礼というもの。彼女はううむと口に手を当て目の前のグラスをじっと見つめているわけで、あくまでも真剣なのだ。

 これはなかなか高レベルな迷推理だと思う。


「すみません、なんでもは言いすぎでした。ところでなんですけど……。こうしてプライベートでいる時は先生呼びはやめて欲しいなーって思ってるんですよ」

「差し支えなければ、その理由を伺ってもよろしいですか?」

「なんだか距離を感じてしまうと言いますか。私としては、親しみを込めて名前辺りで呼んで貰えるともっとお仕事頑張れそうなんですが!」


 ダメ元での確信めいたものが一つある。

 この人は真っ直ぐ言えばきっちり真意を受け取ってくれるはず。

 すると彼女はそういうものなのですねと頷いた。


「それでは……れなさん」

「はい。もう一度お願いします」

「れなさん」

「もう一声」

「あの、れなさん?」

「ワンモア!」


「お待たせしましたぁ~。焼き鳥串盛り合わせでーす!」


 このタイミングで店員さんが割って入ってくるとは予想外だ。

 今のが聞かれてたらと思うと恥ずかしく、私はグラスの残りを空にする。

 ああ、こんな事ならあらかじめ録音でもしておけばよかった。


「ええと、再度呼びかけた方がよろしいでしょうか?」

「あ、もう大丈夫です。おかげ様で捗りかけ始めてますので!」

「そうですか、それはよかったです。では、私の事も名前で呼んで頂かなくては対等ではありませんね」


 そう言ってどうぞ、と彼女は私をじっと見つめている。

 じっと見ている。この小さな居酒屋の片隅で遠坂さんが私だけを見ている。

 一気に飲んだせいか段々と顔が熱くなっていく。


「ひ、日向さ~ん! すっ!」

「す? れなさん……お酒が既に回っていませんか?」


 あっぶない。勢いで好きですって言ってしまうところだった。

 頼んでいた次のグラスが来たところで仕切り直しにかかる。


「スイッチが……入るんです。これを食べるとね」


 どこかで見たかもしれないハードボイルド探偵風に呟いて、たまたま目に留まったポテトフライを急ぎ口に放りビールで流し込む。


 それを見ていた遠坂さんは同じように一本つまんで、先端からちびりちびりと食べ始めた。私より大人かつ、社会的にもしっかりした人がって小動物のように食している。なんだ、この破壊力は。この暖かな癒され感情をなんと形容しよう。


 今間違いなく言えるのは、私にはその様子だけをずっと見ていられる自信が未来永劫あるだろうという事である。そしてあわよくばショート尺で動画を収めた暁には、スマホを神棚へとまつったのち毎日でも拝むだろう。


「確かに、名前呼びは普段とは違い新鮮な気分になるのかもしれませんね。それでは今後はそのようにしていきましょう」

「あ、私は別に普段からでもいいと思ってるんですけど!」

「いえ、さすがに公私混同はよろしくないかと。平時ではあくまでも先生と呼ばせて頂きます」

「あ~ははは、ですよね!」


 いい気分で飲んでいたはずなのだ。

 そのはずがどこにいるのかまったく覚えがない。

 今の私は真っ暗な部屋の知らない天井を見上げ、とにかくふわふわとしたベッドの上に寝転がっている。隣からは柑橘系の香りとともに呼吸らしき息の音が聞こえている。


 飲みすぎたせいか目の前がとして体を思うように起こせない。謎の場所で寝てるのはひとまず置いといて、少し時間が経てば記憶がはっきりしてくるかもしれない。


 そう言えば一緒にいたはずの遠坂さんはどうしたんだろう。気付けば私は眠ってしまっていた。

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