EP1 出会いと初めての夜

第二稿 恋する乙女みたいな顔してますよ ★

 まりもがコンビニから帰ってくると、私はすぐに彼女の元へと向かう。


「まりもさん。今日の私どうでしょうか?」

「え? いつもどおり可愛いよ」

「はっ……!? ちょっと。そうじゃなくて、その……メイクの話をしてるんですけど」

「あ、そゆこと。それでいいと思うんだけど、もうちょい薄くてもいいくらいかな。そーいや最近急に目覚めたよね? 何かあったん」


 その時ちょうどインターホンが鳴った。それに応対しようとしたまりもを差し置いて、私はいの一番に来客の様子を確認しにいく。


「まあまあ、まりもさん。私が出ますからお席へどうぞ! シットシット!」

「あたしは犬かよ。ていうか、さっきから言葉遣いおかしいのなんなの?」


 その声は右から左へと流れていった。画面に映った凛とした姿を見れば、眠気も吹き飛んで今日は笑顔から始められそうな一日になりそう。

 そうして、自宅兼事務所であるマンションの一室に私とアシスタント二人、そして担当編集である遠坂とおさかさんの四人が一堂に会した。


「いつもお疲れ様です。こちらつまらないものですが、よろしければ皆様で召し上がってください」


 遠坂さんは毎回必ず差し入れを持参する。いいのにと言ってもそれは変わらず、いつのまにか恒例行事のようなものになっていた。

 もちろんすべて本人の自腹だ。

 こういう気配り上手なところも私と違って大人だなと思う。


「ね、まりもまりも」

 私は視線を送る。

「はいはい、みなまで言わずともよい。じゃあここは一つとっておきの茶葉でも出すとするかー。日向ひなっさんちょい待っててね?」


 お構いなく、との遠慮がちな遠坂さんの声は聞こえてない様子だ。

 スリッパのぱたぱた音とともに、まりもは土産包みを片手にキッチンへと向かっていった。


「そういうわけで遠坂さん。とりあえずそのへんへどうぞ! もしかしてスケジュール的に時間なかったりします……?」


 じっと彼女を見つめると、約20センチの身長差のお陰か上目遣いが自然と発動している。この時の角度とか表情は鏡の前でかなり研究済みだ。


「いえ。本日は比較的猶予があります。ただ、皆さん徹夜明けのようですし……あまり長居してしまうのもどうかなと思いまして」

「そんなのぜーんぜん余裕ですよ! うちのアシ達なら7徹くらいなら平気でこなすはずですから」

「先生、その労働環境はいかがなものかと思いますよ。下手せずとも訴えられて然るべきです」

「やだなー。ただの冗談ですからそこまでさせるわけありませんって! 今月はたまたまだったけど、うちは基本的に徹夜仕事はないよね?」


 ここまで目立つ様子のなかった夢子に視線を移す。すると彼女は、こくこくと頷きすぐに背景と同化する忍者のように気配を消した。さすがは人見知りレベルマックス大学生、と言いたいところだけど学校では浮いてそうで心配になる。


「すみません、例え話ともつゆ知らず。私どうにも言葉そのものを額面どおりに受け取ってしまうようで……本当にお恥ずかしい限りです」


 消え入るような声で遠坂さんは口を両手で覆った。

 完璧に見えて話がちょいちょい変なところに飛ぶのも、真面目すぎる彼女らしくていいと思う。それにその分会話が増えるという事は、ある商品を一個買って期せずしておまけがついてきた時のようなサプライズ感がある。


「普段はキリっとしてるのに、不意に恥ずかしがってる遠坂さんって可愛いと思います!」

「か、可愛い……ですか? そのように評される事は稀なので戸惑っています。そして、私の年齢からしますと少々そぐわないかと」

「えー? 可愛いに歳は関係ないと思います。そもそも遠坂さんってまだ26ですよね。私が4つ下だから……。私達そんなに変わりませんよ!」


「れなさんや、いちゃいちゃもいいけどお客様を立ちっぱにさせるのはどうかと思うよ?」


 そう言いながらまりもがリビングへと戻ってきた。手にしたトレーには湯のみとお菓子がそれぞれ4つずつ乗っかっている。


「いちゃいちゃじゃないもん。ただの世間話なんだがー?」

「はいはいそうだねー。立ち話もなんですからとか言うの、こゆ時は」


 まりもはすぐにテーブルにお茶とお菓子を並べていった。

 私も負けじと彼女に頼んでおいた新作のコンビニスイーツを置いていく。

 神聖でもなんでもない仕事場で、これから恒例のプチ女子会的なものが繰り広げられるのだ。


『恋する乙女みたいな顔してますよ、せんせぇ。とっくに調べはついてるんです。絶対目の前の人に恋してますよね?』


 飲食もほどほどに会話に興じてるとポケットが震える。

 送信元はもちろん今日も絶賛無表情な夢子。

 よりにもよって、何急にぶっ込んできたんだこの娘は。


『ま、私も乙女は乙女だし地が出ちゃったのかもね。いやー、困っちゃうな?』


 それ以降は例によって放置一択に限る。


「それでは私はこの辺りでお暇させて頂きます。先生へは何度かご連絡を差し上げる事になるかもしれませんので、その際はどうぞよろしくお願い致します」

「このまま何事もなければいいんですけどねー。あ、特に何もなくても連絡もらえると嬉しいですよ。今すごく暇だとか、また飲みに行きましょうとかでもいいです!」

「了解しました。それでは皆様、良い夢を」


 そうして小一時間ほど他愛のない話をしてみんな帰っていった。

 寝室のベッドに潜り込みアイマスクで視界を遮断する。

 今日は特に充実感がすごい。彼女と出会えて本当によかった。そう思いながら眠りについた。

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